2020.05.11 [月]

これからの社会を創るのはエンジニアリング、テクノロジー、クリエイティビティ、ブロックチェーン

高専在学中だった18歳でさくらインターネットを起業し、日本のインターネットの普及・発展に名を残した田中邦裕氏。「インターネット以来の発明」と言われるブロックチェーンに関して、さくらインターネットを第二創業のフェイズにさせるというほど思い入れを持つ。なぜ、それほどまでに田中氏はブロックチェーンに魅せられているのか。

インターネットの上に新しい『信頼』という価値をかぶせているのがブロックチェーン

「ご存じのとおり、われわれは社名にはインターネットという言葉が入っています。いま東証一部上場企業の中で、社名にインターネットが入っている会社は当社を含めて3社しかない(ちなみに残りの2社はGMOインターネットと、インターネット・イニシアティブ)。それくらいインターネットに思い入れがあるんです」

こう話す田中邦裕氏は、国立舞鶴工業高等専門学校在学中の1996年12月に「さくらウェブ」を開始してさくらインターネット創業し、以後日本のインターネットの普及とともに成長してきた。一時は経営から離れたが、現在は代表取締役社長としてさくらインターネットを率いている。mixiやGREE、最近ではメルカリやSmartNewsなどが同社のサービスを活用して大きく成長したことは、業界内ではよく知られている話だ。

その田中氏が、いま熱い視線を注ぐのがブロックチェーンの技術。田中氏がブロックチェーンに期待する理由は、インターネットと同じようにdecentralized(分散型、非集中型を意味する)を志向することや、フラットさを目指す価値観に共鳴しているからである。

「ブロックチェーンの重要なキーワードのひとつに、decentralizedというのがあります。金融を例にしてみましょう。例えばAさんが銀行で送金手続きをして、Bさんがお金を受け取る。Bさんも銀行で送金手続きをして、Cさんがお金を受け取るとする。そうしてお金が銀行を中心に動くようになると、その銀行が権威者のように振る舞うようになる。

インターネットはそれ以前の権威をなくした意味でインパクトがあったんですが、ブロックチェーンも同じように権威者である金融機関を経由しなくても送金を可能にするなど、大きな変革を生み出しています。

ブロックチェーンを使うには、常時インターネットにつながっている必要があるので、ブロックチェーンはインターネットがなければ絶対に成立しない。その意味では、インターネットのフラットなプラットフォームの上に新しい『信頼』という価値をかぶせているのがブロックチェーンと言うこともできます。ただ、これはワールドワイドウェブ(WWW)が出てきたときと、同じくらいのインパクトがあると思います」

田中氏は、インターネットそのものは既に50年以上前から存在するが、ワールドワイドウェブが登場したことで、本当の革命が起きたと考える。ワールドワイドウェブは特定のサーバーが中心になるのではなく、リンクをすることで一つの大きなネットワークを作った。さらに、それを閲覧するウェブブラウザー「Mosaic」が登場したことで、指数関数的に普及し、インパクトを与えた。

「当社の生業は、いわゆるレンタルサーバ。ウェブのサーバーをレンタルすることから始まっています。インターネットではなく、インターネットで動くウェブをわれわれは提供することで始まった。同じように、インターネットと同じパラダイムのブロックチェーンという価値を、いかに広げられるか。私は第二創業のような思いでこれに取り組みたいと思っています」

繰り返しになるが、田中氏が高校生当時に楽しいと感じたインターネットのウェブと、同じような面白さがあるというブロックチェーンは同じパラダイムだという。

パラダイムとは、<ある時代に支配的な物の考え方・認識の枠組み。規範>(デジタル大辞泉)のことで、もともとは米国の科学史家のトマス・クーンが『科学革命の構造』で使った用法に遡る。例えば、コペルニクスやニュートンらによって起きた天動説から地動説への転換、さらにはアインシュタインによって起きたニュートン力学から相対論など“科学技術の革命”は、それ以降の発展や進歩を大きく変えることはもちろん、人間の認識なども大きく変えてしまった。ポイントは、太陽や地球の動きは古代からまったく変わらないが、人間の認識が大きく変わり、世界観や価値観まで変わってしまうこと。コペルニクスが『天球回転論』で唱えた地動説を支持する人々は、天動説の立場であるキリストの教会と対立し、宗教裁判の結果、哲学者のジョルダーノ・ブルーノのように火刑に処されたり、物理学・天文学者のガリレオ・ガリレオのように終身刑を言い渡されるなど、激しい迫害にあったことも、よく考えてみると、認識を巡る見解の相違が原因。どちらの説が正しいかという以上に、パラダイムが違うもの同士は激しく対立してしまうことがポイントだ。

これからはソフトウェアのテクノロジーを持っている会社が勝つようになる

話を戻すと、インターネットはもともとdecentralizedやフラットという価値によって既成勢力の激しい対立を起こし、権益を大きく壊し、新しい秩序を作った。が、そこにもGAFAのような大きな勢力が現れる。それをもう一度、インターネットと同じパラダイムを持つブロックチェーンでdecentralizedやフラットにしていきたい、というのが田中氏の想いだ。

「ブロックチェーンは、インフラ整備をしてからビジネスをするという常識を一切すっ飛ばすことができる。例えば、お金のやり取りの仲介に銀行が必要でしたが、それを設立したり、許認可を得るのは大変じゃないですか。また、契約書も紙に書いて送ったりするのは大変ですよね。これもブロックチェーンベースのソフトウェアを書くだけで、終わってしまう。

それが何を意味するか。従来はハードウェアで行なっていたことが、ソフトウェアで可能になるということです。言い方を変えると、これまでの重厚長大の投資ができる会社が勝っていたけれど、これからはソフトウェアのテクノロジーを持っている会社が勝つようになる。人々は目に見えるものを信じる傾向があるので、リアル店舗がある銀行は信頼を得ているかもしれませんが、実際には銀行に足を運ぶ人は少ないですよね。オンラインで手続きをしたり、コンビニのATMに行く。つまり、目に見える店舗とは違うところで機能しているにも関わらず、なぜか毎回振込手数料など数百円も取られるのって、本来はおかしな話ですよね、そういうことがブロックチェーンによって変わっていくと思うんです」

ただし、日本はさまざまなインフラが整っているので、ブロックチェーンの必要性が見えにくい。一方、ブロックチェーンが海外で活用される背景には、インフラが脆弱であることや、金融機関が経営破綻することなどが珍しくなく、テクノロジーのほうが信じられるという社会の違いがある、と田中氏は指摘する。とはいえ、日本も分水嶺に立たされているのは事実だ。今後は確実に人口が減ることがはっきりしている。そのとき、従来のようなしくみや方法で対応できるのか。やはり、ブロックチェーンに代表されるようなソフトウェアのエンジニアリングによって生まれるビジネスや社会課題の解決が考えられるようになる、という田中氏の見方の方が説得力があるように思われる。

さくらインターネットとして、田中邦裕として、ブロックチェーンに取り組んでいること

さくらインターネットでは、大きく2つの方向でブロックチェーンのビジネスを考えている。ひとつは、ブロックチェーンを幅広く活用してもらえるPaaS(Platform as a Service)を提供すること。もうひとつは、ブロックチェーンを活用するスタートアップの支援を行なっていくこと。前者は約3年前から着手し始めていて、自社開発ができないかと模索をしている。後者は、さくらインターネットとしての取り組みと、田中氏の個人的な取り組みの2つに分かれる。

「スタートアップ支援には3つの意味があります。今どきのスタートアップのほとんどがサーバーを必要としているので、将来の顧客開拓という営業戦略的なところはもちろんあります。2つ目は、やっぱりブロックチェーンで新しいビジネスを作りたい。自社で開発したいのですが、やはり自分でリスクを背負って取り組んでいる方たちにはかなわない。自分もそうだったから、よくわかるんです。なので、そういう人と一緒に仕事をすることで、何かを見つけたい。最後に3つ目は、まさしくそういう方たちと一緒に仕事をすることで、ウチの社員も変わるわけですよ。実は絶好の社員教育になるんですよ」

ここまでがさくらインターネットとしての取り組みだ。さらに、田中氏が個人的にライフワークとして行なっている活動もある。

「IPA(独立行政法人 情報処理推進機構。経産省の外郭団体)が行なっている『未踏IT人材発掘・育成事業』というのがあるんですが、ここでプロジェクト・マネージャーをしています。昨年はブロックチェーンを使ったものが多く、若者でブロックチェーンをやりたいという方を応援しています。いまは技術さえあれば、何でもできますから技術力のある人と手助けしていくのは非常に楽しい仕事ですよね」

この未踏IT人材発掘・育成事業は、2000年から前進となるソフトウェア人材の支援がスタートし、2008年から若い人材の発掘・育成に重点が置かれるようになる。通称“未踏”“未踏事業”と呼ばれる、このプロジェクトの出身者には日本のAI研究の第一人者である東京大学の松尾豊氏や、メディアアーティストとして活躍する落合陽一氏など、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

会社のみならずライフワークとして、ブロックチェーンの発展に関与する田中邦裕氏。「ブロックチェーンがこの先に具体的にどうなるかはわからないけれど、エンジニアリング、テクノロジー、クリエイティビティが社会を作っていくというパラダイムの入り口にあることは間違いありません。そういうビジョンを追いかけていきたいと思います」とインタビューを締めくくってくれた。

さくらインターネット
代表取締役社長
田中邦裕 氏

1978年大阪生まれ、奈良育ち、篠山に3年、横浜に1年、国立 舞鶴工業高等専門学校でロボコン出場。在学中の18歳でさくらインターネットを学生起業。2015年に東証一部へ上場し、現在社長。趣味はプログラミング、旅行、ダイビング。Twitterアカウントは、@kunihirotanaka

取材・文/編集部 撮影/干川 修

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