2020.04.28 [火]

STOは適切な規制の下で運用されれば 起業家にも投資家にもメリットが多い

ブロックチェーン技術を活用して企業が資金調達を行なう新しい仕組みがSTO(Security Token Offering)である。企業が保有する不動産などの資産やビジネスを裏づけにして「セキュリティトークン」を発行する。その発行の仕組みにブロックチェーン技術が使われている。

セキュリティトークンを購入した人は、発行元が裏付けに使った資産やビジネスの収益への権利を手にすることができるという仕組みだ。

そんなセキュリティトークンに関する法律分野の先駆者として活躍しているのが、斎藤 創弁護士(以下、斎藤氏)である。セキュリティトークンに限らずブロックチェーン関連のビジネスを行なう企業やスタートアップ企業に対する法律支援・助言を多数行なっている。

インタビューを通じSTOの背景にある課題やブロックチェーンビジネスに関する法律相談の最新事情を知ることができたので紹介しよう。

日本は他国に比べて資金調達の柔軟性に欠けている

日本ではセキュリティトークンは2019年5月31日に成立した金融商品取引法の改正法で、「電子記録移転権利」と法的に定義されている。金融商品取引法は、投資家が不当に損をしない投資家保護や、証券会社などの金融商品取引業者のコンプライアンス、金融商品市場などマーケットの環境整備を記載した法律で、株式や債券、投資信託、ファンドなどの売買、デリバティブ契約の締結、といった取引を行なう際に適用される。

このうちセキュリティトークンは、株式や債券などの流動性の高い有価証券と同列の法規制を受けることになっている。そんなセキュリティトークンは日本だと、起業家が行なう資金調達の敷居をさらに下げてくれる可能性を秘めている。

「日本では、新規事業者の資金調達は知人や取引先から資金調達をするか、ベンチャーキャピタルから調達する、ということが主流となります。ベンチャーキャピタルはどうしても上場の要求、企業価値の大幅な向上の要求が厳しくなってしまうのが現状です。上場を目的とはしていない会社、一定の成長は期待できるが爆発的な成長は期待しにくい会社はベンチャーキャピタル向けではありません。また、ベンチャーキャピタルでは評価しにくいが、むしろその分野に詳しい特定の人やファンのほうが評価できる、という企業もあるかもしれません」(斎藤氏)

また、斎藤氏は「日本では、より幅広い層から調達する資金調達の民主化や、通常の人がスタートアップに投資する投資の民主化ということは課題だと思います。未公開株式の詐欺の歴史などがあって規制は厳しく、証券会社は非上場株式を事実上、取扱いできないようになっています。また、プチ富裕層による投資ということも課題となります。例えば、金融商品取引法の中で『適格機関投資家』というプロ投資家の制度があり、適格機関投資家に有価証券を販売する際には手続きが簡便となりますが、適格機関投資家は10億円以上の有価証券保有などかなり限定された層となります。これに対してアメリカ年収20万ドル以上のプチ富裕層向けのSTOが広がるなど、もう少し緩やかな形での資金調達ができるようです。STOも各種規制がありますので、日本でどこまでできるかは未知数ですが、STOによって資金調達や投資の民主化が進展できないかと期待しています」とも語る。

これが日本での資金調達に関する課題で、よほどの急成長が期待できるビジネスを持つ企業でないとベンチャーキャピタルは投資できないし、他方、ある程度のリスクを取ってもよいという一般人やプチ富裕層の資金が、起業家にいきわたっていないのである。金融商品取引法上は株式と同等の規制になるとはいえ既存の株式の上場よりは難易度が低い、シンプルな起業家に使いやすい制度になることが期待される。

起業家の資金調達機会はSTOでどのように変わる?

STOのために発行したセキュリティトークンは、金融商品取引法の規制下なので株式や債券を扱う証券会社で取り扱いができる。暗号資産取引所の場合、別途、金融商品取引法の規制に従って登録を受ければ取り扱いが可能だ。

売買の記録はブロックチェーン上に記録していくだけなので、従来の上場株式と異なり24時間365日いつでも取引ができるようになり、世界中で取引される可能性がある。株式と同じ法規制なので詐欺が行なわれる可能性もICOより低い。

またブロックチェーンには「スマートコントラクト」という契約履行を自動で行なう仕組みが実装できる。この仕組みがあれば会社の利益を分配する「配当」の支払い事務などが自動化できる点もメリットだ。一般的に配当の支払い事務は外部の金融機関などに委託する場合が多いが、その点を加味しても事務処理にかかるコストを削減でき、その分をマーケティングなど別のリソースに充てることが可能になる。

あとは起業家に投資したい投資家がSTOによる出資に興味を持ち、実際に投資をしてくれるようになればよい。起業家などスタートアップ企業への投資は、立ち上げ期だと身内や仲間同士で出資することが多い。しかし、早い段階からSTOによって様々な投資家を呼び込むことで取引機会が増え、より多くの人に起業家の存在を知ってもらえる。STOには大きな可能性があることに気づけただろうか。

ブロックチェーンを活用したゲームが法的に適法であるかどうかの相談が多い

STOに限らずブロックチェーンに関して深い知見がある斎藤氏には当然、ブロックチェーン関連の相談が多数舞い込んでくる。

「最近はブロックチェーンゲーム関連の相談をよく受けます。ゲーム内で発行するブロックチェーン上のトークンに関し、ゲームですから入手や成長にランダム性があることがありますが、ランダム性により賭博罪にならないか。また、ゲーム内でトークンや仮想通貨(暗号資産)をユーザーにプレゼントする場合に景表法に抵触しないかなどの論点があります」(斎藤氏)

賭博罪とは「賭博及び富くじに関する罪」。金銭を賭けてゲームなどを行なった場合に適用される刑法上の罰。景表法とは「不当景品類及び不当表示防止法」の略称で、懸賞として特定の人だけがもらえる景品の額は、上限10万円、売り上げの総額に対する2%までなどとルールを定めている法律である。

ブロックチェーンゲーム内で発行されるトークンは財産的な価値があり、場合によっては日本円と交換することも可能である。そのためゲームに参加する人が、ガチャでトークンを購入させたり、参加料をとるイベントの優勝者に転売可能なトークンを配布したりするような場合、賭博行為になり違法となってしまう可能性がある。

またゲームの登録者をたくさん集めようと、ユーザー登録した人などに多額のトークンを配布してしまうのも、景表法に違反してしまう可能性もある。

ブロックチェーンや仮想通貨だからと言って、なんでも自由に無制限な取扱いをしてよいというわけではないのだ。

既存の金融システムに対してよい影響があることには間違いなし

仮想通貨(暗号資産)関連の法律は、大規模なハッキング事件により投資家の資産が大きく毀損してしまうなどの事件があったため、大幅な規制強化がなされている。

「日本の場合は、全体的にいささか規制が厳しすぎるかもしれません。しかし、投資家を守るためには止むを得ない点もあると考えています。法制度としては投資家保護と自由度のバランスが必要ですが、実務を行なう者としては、現状の規制を遵守しつつ、いかに起業家と投資家にとって使いやすい資金調達の仕組みやビジネスを作っていくかが、まずは大切と思っています」(斎藤氏)

規制が強化されると仮想通貨(暗号資産)やセキュリティトークンの取引がつまらないものになってしまうが、やむを得ない事情と理解して取引に臨むしかないのだろうか。

一方で、セキュリティトークンの売買によって生ずる事務処理は、既存の金融システムに比べて合理的だしコストもかからない。その仕組みを見た人たちが、既存の金融システムにも様々な改良点を見出すことができるだろう。革新的な技術の裏には適切な規制が避けられないことが改めて認識させられた。

創・佐藤法律事務所 弁護士

斎藤 創 氏

大手法律事務所にて主として証券化やファンドなどの金融分野を取り扱った後、仮想通貨に魅力を感じ2015年に現事務所を立ち上げた斎藤氏。主にブロックチェーン、STO、FinTech、VCファイナンス、各種金融、テック案件等を取り扱う。SBIホールディングスの北尾吉孝社長が代表理事に就任した日本STO協会では監事を務める。日本ブロックチェーン協会の顧問、FinTech協会キャピタルマーケッツ部門事務局を歴任。

取材・文/久我吉史 撮影/高仲建次

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