「中田敦彦のYouTube大学」の教科書として取り上げられた『WHY BLOCKCHAIN なぜ、ブロックチェーンなのか?』(翔泳社、2019)の著者、坪井大輔氏は北海道を拠点に活動するベンチャー企業INDETAIL社の代表だ。動画の再生回数はすでに160万回を超えるなど、話題になっている。彼がなぜブロックチェーンに魅せられたか、今後の可能性について語った。
シェアリングエコノミーが来るならば、ブロックチェーンも必ず来る
INDETAIL社は2016年からブロックチェーンの事業化に取り組み始め、現在はブロックチェーンを用いて、EV(電気自動車など)向けの充電設備のプラットフォーム構築を北海道電力らと共同実験するほか、宿泊施設向けの多言語対応スマートチェックインにブロックチェーンを活用するなど、幅広い分野の取り組みを進めている。
そもそも坪井氏がブロックチェーンに興味を持ったきっかけはビジネスモデルや商流(商品の売買に伴う所有権や受発注情報の流れを指す商的流通の略)を変えるシェアリングエコノミーに関わり始めたことだった。企業が個人(消費者 consumer)を相手にするB2C(business to consumer)のビジネスでは決済手段が確立されていたが、個人と個人のつながりを生み出すC2C(consumer to consumer)のeコマースにおいては、お金のやり取り、つまり決済手段がネックになっていたのだ。
「もともとやっていたeコマースの事業を、C2Cに広げようとしていたんですが、そのときに決済手段を作ることの難しさを実感しました。個人では信用が担保できないし、手数料が高い。でも、シェアリングエコノミーが盛り上がろうとしていた。いろいろと方法を探しているときにブロックチェーンの技術を知ったんです。それが、いまから5年くらい前。今後シェアリングエコノミーが来るならば、ブロックチェーンも必ず来るというところからR&D(研究開発)を始めたんです」
ただ、当時は仮想通貨の関連技術としては知られていたものの「エンジニアも、AIはやりたいけれど、ブロックチェーンなんて、という感じでした」と坪井氏は振り返る。しかも、彼が拠点とするのは北海道。そこで、日本で働きたい外国人に着目する。現在同社の社員の半数は外国人、その全員が日本に住みたいと集まってきたそうだ。
ベンチャーとして可能性を感じるのは「トークン」
いまブロックチェーンは、米ガートナー社が提唱するハイプ・サイクルで<過度な期待のピーク期を過ぎた状態である「幻滅期」>と言われることもあるが、坪井氏はブロックチェーンを技術とビジネスに分けて考え、次のように解説する。
「ブロックチェーンの歴史を振り返ると、ビットコインのようなパブリックのブロックチェーンが出て、『みんなが平等っていう社会を実現できる』ことに期待が集まりました。けれど、社会からは受け入れられなかった。その意味では、ひとつのブロックチェーンはもう終わったんです。けれど、その理想そのものは諦めないで、世の中に受け入れられるブロックチェーンを作ろうといって出てきたのが、プライベートのブロックチェーン。ただ、これでは従来の中央集権的な感じになるので、今度はゆるく分散したコンソーシアム型ブロックチェーンと変わってきている。
当初、すごい未来が提案されたので、現実の社会が追いつかなかった。それに、ブロックチェーンのほうが少しずつ寄り添ってきている感じかもしれません」
坪井氏は、そうした変遷がインターネットと類比的であると考える。インターネットが利用され始めた当初は、これで何もかも変わると魔法のように言われていたが、料金、スピード、セキュリティ、法規制、ビジネスモデルなど、さまざまな要因でベンチャーが淘汰された。現在はGAFAやBATHのような企業の独占状態とも言われるが、これも終わりの始まりであると同時に、そこで適切な判断をして新しい提案をした会社が生き残ると考える。
「ブロックチェーンはインターネットのようなネットワークです。例えば、スマートコントラクトやトークンの発行を可能にするイーサリアムがあります。イーサリアム上で自由にコミュニティを作ったり、サービスを構築できる。つまり、イーサリアムというネットワークに接続しますか、しませんか、と問われているだけなのです。そのネットワークに接続せず、自分たちで作ることができる技術を持つ方たちからすると、“なぜ、ブロックチェーンを使う必要があるの?(Why Blockchain?)”となる。イーサリアムのブロックチェーンを使わなくても別の方法で同じことはできますから。ただ、繰り返しになりますが、イーサリアムはブロックチェーン技術を使ったネットワークであり、ある程度普及し、利用されています。このネットワークに初期のインターネットのようなビジネスの可能性を感じたならば、『Why Blockchain?』という問いの答えは『イーサリアムのネットワークで新しいビジネスが生まれようとしており、それに乗り遅れないため』となる。『Why Blockchain?』という同じ問いではありますが、それを問いかける人の問題意識で意味が変わる。いま、何が変わろうとしているのかを、よく考えていただいたほうがいいと思います」
いま坪井氏がベンチャーとして可能性を感じているのが、トークンの分野。まず坪井氏は、ブロックチェーンをビジネスで活用しようと考えたとき、スマートコントラクト、トレーサビリティ、トークンの3つに大別したうえで、前者2つはコスト削減に寄与するもの、後者はマーケティングに貢献するものと区別する。
「スマートコントラクト、トレーサビリティのように情報を安心安全に管理できる機能は、売り上げには貢献しない。つまり、大企業などそこの分野にお金をかけている人は関心があるけれど、中小企業や地方自治体から見ると、なぜ余計なコストをかけて導入する必要があるのか、ということになる。けれど、トークンならばマーケティング的な活用となり、売り上げに貢献するので検討してもらいやすい。なので、私はこの分野に力を入れています」
冒頭で触れた北海道電力らと共同実験でも独自のトークンを発行し、それを地域の経済と連携していく方法を探っていくという。
いまブロックチェーンは社会実装の段階に入っていると言われるが、それは同時にブロックチェーンの特性を理解し、それをビジネスに落とし込んで価値を生み出していける発想の人材が求められていることを意味する。今後、坪井氏のような思考のシリアルアントレプレナーがブロックチェーンの魅力を引き出していくのだろう。
坪井大輔氏
株式会社INDETAIL代表取締役CEO
1977年生まれ。2000年北海道工業大学(現在の北海道科学大学)工学部卒業、2012年、小樽商科大学大学院アントレプレナーシップ専攻MBA取得。現在は株式会社INDETAIL代表取締役CEOを務めるほか、ベンチャー企業社外取締役、一般社団法人ブロックチェーン北海道イノベーションプログラム(BHIP)代表理事、北海道科学大学客員教授など幅広く活動する。自身のオフィシャルサイトは、こちら。
取材・文/編集部 撮影/関口佳代