カー用品専門店「オートバックス」を展開する「株式会社オートバックスセブン(以下、オートバックスセブン)」は、2020年4月に中古車のCtoC(個人間取引/Consumer to Consumer)市場に参入する。今回、我々が取材を申し込んだ理由のひとつには、新しい中古車CtoC市場の基盤にブロックチェーン技術をどう活用するのかという点への興味がある。取材に応じてくれたのは、ICT商品部長の八塚昌明氏だ。
オートバックスセブンは、AIやIoT、ドローンなどの最新技術に対して、非常にオープンな姿勢を見せており、事業化を進めている。東証一部上場の大企業であるオートバックスセブンがイノベーションを推進する原動力はどこにあるのだろうか。同社広報によれば、2016年に4代目代表に就任した小林喜夫巳氏の経営方針によるところが大きいという。
オートバックスのチャレンジ精神の由来
オートバックスセブンの創業者(住野敏郎氏)と2代目(住野公一氏)は、血縁関係があり親子だったが、2代目は『ブランドをより広げたい』『より車の楽しみを伝えたい』『車好きのユートピアを作る』ことを掲げ、事業を拡大した。しかし、自動車業界の衰退が始まり、3代目の社長(湧田節夫氏)は『一旦、事業をきれいにしよう』と選択と集中を進めたという。事業の整理が終わり、小林氏が4代目社長になり『新しいことにチャレンジしていこう。失敗してもいいじゃないか。ただ、失敗をしたら、きちんと反省・検証をし、後に繋げていかなければいけない』と攻めに転じた。
「『一つ、忘れてはならないことは、我々のビジネスは車なんだ。車が軸にある。ここからズレることだけはしないようにしよう』ということで、車の周辺を領域として見ていくということが、ビジネスの基本理念になっています」(同社広報)
オートバックスセブン(AUTOBACS SEVEN)という名前にも新しいことへの挑戦という意味が込められているそうだ。”AU”の2文字は、”Appeal”と”Unique”。商品やサービスの魅力や特別感を表現している。”TOBACS”の6文字は、それぞれカー用品の頭文字。最後の”SEVEN”は、「常にお客様のために第7の商品を探し続ける」ということだと教えてくれた。ブロックチェーンを活用したCtoC中古車市場の参入についてもチャレンジの一つとして前向きに進められたようだ。
現在の中古車市場における問題点とは?
近年の自動車市場を尋ねると、市場規模の縮小と多様化するニーズ(定額制貸出やカーシェア等)という答えが返ってきた。今回、オートバックスが参入する中古車市場ではどうだろうか。取材で聞いた話をもとに、現在の中古車市場の問題点を図1にまとめた。
図1を見ればわかるように、ネット上の掲示板経由で取引をするCtoC市場においては、
・価格の妥当性を判断できない
・車の安全性/信頼性の担保がない
という問題点がある。
一方で、CtoBtoC市場(業者を挟むケース)においては、買取業者や販売業者に支払う「仲介手数料」が高い、という問題がある。
「中古車の売買は昔からある事業体ですが、業界の中は一般の方から見えにくいところが多いですよね。例えば、買取をした車が販売されるまでに、さまざまな仲介業者を経由して、手数料をとられていきます。結果、100万円で売った車が150万円で売られていても、驚くことではありません。しかし、本当に50万円の付加価値があるのか、ということは大きな疑問です。それらをもっとクリアにして、売り手と買い手を直接つなげることによってお互いが納得できるようにすれば、取引は成立します。今後、そのような仕組みが大きく伸びるのではないかと考えています」(八塚氏)
中古車市場の問題点をブロックチェーンで解決できるか?
ここまで述べた中古車市場の問題点を、今回オートバックスが採用するブロックチェーンで解決できるのだろうか。一般的なブロックチェーンの特徴を図2にまとめた。
図2:ブロックチェーンの特徴
今回のCtoC中古車市場は、オートバックスセブン1社によるプライベート型ブロックチェーンである。基盤としては日本IBM社と協働して、OSSのエンタープライズ向けブロックチェーンであるHyperledger Fabricを導入する。図3はオートバックスのCtoC中古車市場の仕組みである。
図3:オートバックスのCtoC中古車市場の仕組み
オートバックスは、「査定Dr.」という特許取得済みのシステムを用いて、売り手の車を査定する。売り手が査定価格に満足すれば、オートバックスが車を買い取る。もし、売り手が査定価格に不服な場合、オートバックスは「認定証」を発行、車両・査定の情報をブロックチェーンに記録する。
売り手は、ブロックチェーンの台帳に車を登録したのち、売却希望額を自由に提示できる。車の買い手は台帳に記録された情報をもとに車の購入を検討する。売り手と買い手のマッチングはスマートコントラクトにより行なわれ、台帳に取引として記録される。車両の移動や契約の締結はオートバックスが担う。車の移転が完了した時点で、オートバックスは手数料を受け取るという仕組みだ。
八塚氏によれば、CtoC中古車市場の仕組みを1社で開発・運用するコストは非常に高いという。ただ、ブロックチェーンによりデータの改ざんを防ぎ、情報をオープンにできることに加えて、将来的にはさまざまなステークホルダーを巻き込んだコンソーシアム型に移行する見通しだ。
「今回のプラットフォームは当社が立ち上げますが、CtoC中古車市場を当社が独占的にやろうとは考えていません。中長期的に、関連業者や競合他社、異業種を巻き込むことによって、新しいビジネスが生まれるようなエコシステムが実現できるのではないかと、期待しています」(八塚氏)
ブロックチェーン事業への意気込みと今後の展望
最後に、2020年4月に予定しているブロックチェーンを活用したCtoC中古車市場のローンチの意気込みについて尋ねた。
「今回、ブロックチェーンを導入することに注目が集まっていますが、ブロックチェーンありきで始めた事業ではありません。CtoC中古車市場に参入することを決めた上で、一番マッチした技術がブロックチェーンでした。プロジェクトを進めるほど、この選択は間違いではなかったという認識を強めています。ぜひとも今回のCtoC中古車市場を成功させて、いろいろな企業と連携、エコシステムを作り、コンソーシアム型ブロックチェーンを成立させて、新しい市場の検討を進めて行きたいと思います」(八塚氏)
冒頭でも述べたように、オートバックスセブンはブロックチェーンだけではなくAIやIoT、ドローンなど新しい領域に次々と飛び込んでいる。今回の記事を通じて、オートバックスセブンに対するイメージが大きく変わった読者も少なからずいるだろう。ただ、最後のコメントにもあるように、新しい分野に闇雲に飛び込んでいるわけではなく、しっかりと検討し戦略を練った上で事業にしている。大手老舗企業らしい堅実な歩の進め方とベンチャー企業のようなチャレンジ精神を併せ持つ、オートバックスセブンの今後に注目だ。
オートバックスセブン ICT商品部長
八塚昌明氏
1993年日本IBMに入社。情報システム部門にてSE、プロジェクトマネージャーとして10年以上のキャリアを積む。2016年7月にオートバックスセブンに入社、2017年4月に「ICTカーエレクトロニクス商品部を新たに立ち上げ、部長に就任。
取材・文/師田賢人 撮影/篠田麦也