2020.02.14 [金]

世界中のアートビジネスを、ブロックチェーンでつなぐ アートビジネスの変革に挑むスタートバーンの挑戦

ブロックチェーンを活用し、世界中のアートビジネスの根幹をつくり変えようとしているスタートバーン株式会社。累計4.7億円の資金調達を実施し、アート業界でイノベーションの創出に挑む。

現在は国内外のアート関連事業者と積極的に連携し、「アートブロックチェーンネットワーク」(以下、ABN)の社会実装に向けて動いているという。本記事では、スタートバーン代表取締役社長である施井泰平氏にインタビューし、アートと好相性だというブロックチェーンの特性や事業の現在地、今後の展望について話を伺った。

世界中のアートビジネスをつなぐネットワークをつくる

──まずは、スタートバーンが行っている事業について教えてください。

施井:僕たちは新時代のアート流通・評価のインフラを構築し、アーティストとアートに関わる全ての人が必要とする仕組みづくりに取り組んでいます。その根幹となるのが、ブロックチェーンを用いたインフラであるABNです。

ABN(Art Blockchain Network)の概要が記されたホワイトペーパーより抜粋した、ABNの仕組み。

施井:ABNはアートに関わる様々な人やサービスをつなぐネットワークです。あらゆる主体が発行する作品証明書や作品の来歴管理ができ、美術品の二次流通管理、真贋鑑定の履歴や高級美術品への保険付与、版権管理など、従来のアートビジネスの枠をこえた活用を目指しています。

──なるほど。ABNの構築によって、他にはアート業界にどのような変化がもたらされるのでしょうか。

 施井:様々な変化が予想されますが、大きな変化の一つとして、アーティストに販売利益が還元される仕組みをつくることができるようになります。

従来のアートビジネスにおいて、アーティストに利益が還元されるのは一次流通、つまり作品が最初に売買されるときだけでした。しかし、ABNによって二次流通以降の管理を可能にすれば、作品が取引されるたびに希望したアーティストに還元金が支払われる仕組みを実現できます。

──どういった経緯で、そのようなネットワークを構築しようと考たのでしょうか。

施井:もともと、プロジェクトの発端はボトム層のアーティストの作品を流通させられる仕組みをつくろうとしていました。画材の購入や制作時間の捻出など、アーティストが作品をつくるには多大なリソースが必要です。

しかし、ボトム層のアーティストの作品は価値がまだ定まっていないため、かけたリソースに見合った価格がつけられにくく、購入者とのマッチングが難しい構造になっています。それを一次流通時点での価格を下げ、二次流通以降でもマネタイズポイントをつくれれば解決できると思ったんです。

──安い価格で購入されたとしても、その作品が他の人の手に渡るたびに作者にお金が支払われる仕組みということですね。

施井:はい、それを実現するためにブロックチェーンが登場する以前から「startbahn.org」というWebサービスをつくっていました。しかし、単一のWebサービスによってこの構想を実現するのは非現実的だと気づきました。

アート業界のあらゆるステークホルダーが関わるルールを適用するには、業界全体をつなぐネットワークが必要だと考えたのです。

ブロックチェーンを使うのは、アート業界全体を巻き込むため

──そもそも、ボトム層のアーティストの作品を流通させられる仕組みづくりを始めようと思われたのは、なぜなのでしょうか?

施井:構想が生まれた当時、僕は世界一のアーティストになりたいと思っていました。歴史に名が残るアーティストたちに並ぶため、彼らが何をしたのか振り返ると、どの人物も技術革新が起こった時代に生まれ、その技術に関連する作品を残していると気づいたんです。

だとすれば、インターネット技術やAIに関連する創作活動によって、今の時代を象徴するアーティストになればいいと思ったんです。そして、インターネット技術によって何を変えられるのか考え、「素人革命」に行き着きました。

──「素人革命」とは、どういったことでしょうか?

施井:今までのアート業界は、トップ層のアーティストの作品しか高い価値が認められにくい構造があったと思います。その構造自体を拡張してしまおうということです。今の時代は様々な文化の領域において、ボトム層の人であってもYoutubeやTwitterを経由して作品を発表できるようになり、しかもそれらの作品がトップ層の作品にも影響を与えている点が特徴的です。

その構造の変化こそが現代を象徴する出来事であり、その変化をアート業界においても推し進めることが、とても重要だと思っているんです。

──インターネットがもたらした構造変化に注目し、ボトム層へ還元金の仕組みを提供するという考え方につながったのですね。その仕組みづくりのために、ブロックチェーンの技術を活用しようと考えたのはなぜでしょうか。

施井:作品の二次流通を管理するためには、アート業界全体を巻き込む必要があったからです。アート業界には還元金の仕組みが二次流通の流動性を低下させるという意見を持つ方もいます。

また、トップアーティストの作品は世界的なオークションハウスであるサザビーズやクリスティーズでオークションセールに出品されることもあります。ブロックチェーンを利用すれば、オンラインで売買を行なわない最大手企業を巻き込んでいくこともできるのではないかと考えたんです。

──アート業界のトップの人たちを巻き込んでいくためにも、ブロックチェーンは有効なのですね。

施井:ブロックチェーンはアート業界に破壊をもたらすものではなく、共存、あるいは拡張を実現する技術だと思っています。これまでに築かれてきた仕組みと共存しながら、様々なものを結びつけ、その仕組みを拡大することができるのです。

世界中の企業と協力し、アート業界を前進させる

──現在はどのような取り組みに力を入れているのでしょうか?

施井:ABNのホワイトペーパーを公開し、世界展開に取り組んでいます。それと前後して海外との提携も進めています。2019年10月には、「Maecenas」との提携を発表しました。Maecenasはブロックチェーンの技術を利用した、アート作品の分割所有権を取引できるプラットフォームです。作品を「分割所有」し、流通させるイメージです。

──アート作品を分割所有するとは、どういうことでしょう?

施井:分かりやすい例を挙げると、2018年にMaecenasが行ったセールで約5億円の値が付くアンディ・ウォーホルの絵画の一部が100人のオーナーによって分割所有されることになったというニュースがありました。権利を分割することで、100万円程度の支払いでも数億円の絵画の「共同オーナー」になれます。そしてMaecenas上では、分割所有権を売買することができるのです。

──ABNとMaecenasの提携によって、どういったことが可能になるのでしょうか?

施井:ABNの証明書と、Maecenasの証明書が互換性を持つようになります。すなわち、ABN上で購入した作品の所有権をMaecenasで分割し、売買できるようになるのです。もちろん取引記録も残すことができ、再度所有権が統合された際は、分割所有の記録も引き継ぎながら、ABN上で売買することが可能です。

──人びとのアートの所有に対する価値観が大きく変わりそうです。

施井:他にも、VerisartやArtoryをはじめとする世界的なプレイヤーとも協議を進めており、アートブロックチェーンプロジェクト同士をつないで循環をつくり出すための挑戦をしているところです。

世界中のアートブロックチェーンプロジェクトがつながっていけば、利用者はどのサービスを利用すればいいか悩まずに済みますよね。アートは国を跨いで取引されることも珍しくありません。世界中で使われるサービスをすべてをつなぎ、循環をつくり出せる点がブロックチェーンの良いところだと思います。

アートとブロックチェーンは好相性

──アートブロックチェーンがつながり始め、新たな循環を生み出そうとしている。次のステップはどのようなものになるのでしょうか。

施井:ブロックチェーンを社会実装していかなければならないと考えています。つまり、技術だけが発展するのではなく、社会で実際に使われるものにしていかなければいけない。そのためにクリアしなければならないのが「オラクル問題」です。

──オラクル問題とは?

施井:オラクル問題とは「ブロックチェーン上の情報とブロックチェーン外のデータの紐付けの課題」を指します。データの改ざんができない点がブロックチェーンの利点ですが、そのデータを外部から取り入れる際、そのデータの信憑性が問題になります。

アートブロックチェーンで言えば、真贋の問題。内部の人間が「この作品は本物です」と書き込むだけの仕組みでは、社会から信用されるものにはなりませんよね。その問題を解決するために、スタートバーンでもオラクル問題を解決する研究に力を入れています。

──オラクル問題を乗り越え、社会実装できるビジョンはありますか?

施井:アートビジネスの領域でブロックチェーンを活用するからこそ、社会実装の可能性は高いと思っています。というのも、アート作品は贋作がとても多い。世に出回っている作品の20〜50%が贋作だとも言われています。なので、その状況を飛躍的に改善できるだけでも、アート業界を先に進めることができる。

また、作品と証明書が分離しているのでアート業界には昔から「オラクル問題」があったと言えます。例えば証明書をすり替えられてしまうと、真贋が分からなくなってしまうといった感じです。少しでも証明書を偽造されるリスクを減らすために、アート業界が行なってきたことの一つとして「信頼できる人にしか売らない」こと。そのためアート業界は、閉鎖的にならざるを得なかったと僕は思っています。そういった現状を変えられる可能性があるんです。

──なるほど。ブロックチェーンの特性が、アート業界特有の問題を解決するために最適だからこそ、広く使われる可能性が高いということですね。

施井:ブロックチェーンは大きな可能性があると言われていますが、現段階では限られた分野でしか使われていません。アートブロックチェーンの社会実装を通じ、多くの人たちへ「ブロックチェーンはこうやって社会のなかで活かせるのか」とヒントを示したいと思っています。

施井泰平

スタートバーン株式会社 代表取締役 最高経営責任者(CEO)。1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を行う。2006年よりstartbahnを構想、その後日米で特許を取得。2014年、東京大学大学院在学中にスタートバーン株式会社を起業。東京藝術大学での教鞭を始め、講演やトークイベントにも多数登壇。特技はビリヤード。

取材・文・構成/モメンタムホース

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