2020.01.07 [火]

日本発のブロックチェーン・ネットワークを世界に―― 日本IBMが見据える次の一手

「日本発のブロックチェーン・ネットワークを世界に」

そう熱く語るのは、社長直下のブロックチェーン事業部の長を務める髙田充康氏だ。現状、AI(人工知能)やIoTで世界に大きく出遅れている日本において、日本発のブロックチェーン・ネットワークの発展に貢献したいという。本記事では、IBMのブロックチェーンへの取り組みとブロックチェーンのビジネス活用について、髙田氏とブロックチェーンエンジニアの西下慧氏にお話を聞いた。

IBMのブロックチェーンに対する積極的な取り組みとは?

2018年10月IBMはエンタープライズ向けのオープンソースソリューションのプロバイダーであるRed Hat社を総額340億ドルで買収すると発表し、2019年7月に取引を完了した。これによって IBM は世界最大のハイブリッド・クラウド・プロバイダーとなった。 世界を驚かせた買収にはさまざまなシナジー効果が予想されるが、ブロックチェーン事業においてもそれは同様である。

「IBM Blockchain Platformの強みはどのような環境でも動くビジネス・プラットフォームだということです。例えば、AWSやAzureといった他社のクラウドサービスを採用している企業でもRed Hatの『OpenShift』という技術を使うことで、IBM のサービスを稼働することができます」(髙田)

2019年末時点で、IBMの支援によって約600社がPoC(実証実験)を含めて、ブロックチェーンの導入を進めているようだ。コアとなる技術は、OSS(オープンソースソフトウェア)の「Hyperledger Fabric」(※)。導入事例として多いのはサプライチェーン関連だという。その事例のひとつとして、食品の安全性を守る「IBM Food TrustTM」についてコメントをいただいた。

※ブロックチェーンや分散型台帳技術のオープンソースソフトウェアを開発する業界横断型の取り組みである「Hyperledger」のプロジェクトの一つ。Linux財団が主体となって進められているビジネス・ブロックチェーン・フレームワークで、モジュラー・アーキテクチャーによるブロックチェーンのアプリケーションやソリューションの開発基盤となることを目的としている。

「IBM Food Trustは複数のステークホルダー間で、食品のトレーサビリティを共有する仕組みです。PoCはウォルマートと中国で行ないました。ウォルマートが単体で仕入れ、食品を管理するのであれば、ブロックチェーンは必要ありません。ところが、供給者の視点に立つと、他企業ともいちいち同じような仕組みを作るのかという話になります。そしたら一つの大きなブロックチェーン・ネットワーク作り、参加してもらうことが効率的な解決策になります。小売りにとってもトレーサビリティを担保できると、色々な付加価値をつけることができます」(髙田)

食品以外にも、製薬やコーヒー、希少金属など様々な分野でIBMはプロジェクトのリーダーシップを発揮している。国内向けでは三井物産と協働して「ウェルネス貯金」というプロジェクトの立ち上げに携わっており、2019年2月~5月に広島市周辺でPoCを行なった。今後の本番稼働に期待が高まる。

ブロックチェーンをビジネスに生かすにはどうすればよいか?

「ブロックチェーンが生きるところは国境や業態を超える『クロスボーダー・クロスインダストリー』の領域です。たとえ、競合関係にある企業でも『非競争領域の共通課題の解決』のためにコンソーシアムを組むというのは正しい戦略です」(髙田)

続けて、髙田氏はブロックチェーンを活用するためには、ビジネスのきちんとした目的があることが大事だと述べている。技術を検証するためだけにプロジェクトを立ち上げると必ず PoCで終わってしまい、本番までこじつけることができない。

確かに、「ブロックチェーン」という言葉がブームになり、技術を使うこと自体を目的としたプロジェクトは少なくない。大切なことは、ビジネスの目標を決めて、それを達成する手段としてブロックチェーンが最適な場合のみ、ブロックチェーンを活用するという考え方である。

「私たちは、お客様が『コンソーシアムをどうやって運営していくのか?』『どうやってマネタイズしていくのか?』について、コンサルティングをすると同時に、新しくビジネスモデルが描けた時には、本格的な基盤開発とアプリケーション開発のSI(システム・インテグレーション)を行なっています」(髙田)

IBMでは、技術の部分は表に出さず、顧客がビジネスに注力できるように、ユーザビリティーの高いシステムを提供することにこだわりがあるようだ。一方、業界の末端にいる中小企業がシステムの開発コストをどのように調達するかについては課題としており、行政による助成金への期待などの議論も盛り上がった。

西下氏は、ブロックチェーンエンジニアの視点から、ブロックチェーンをビジネスに活用するための課題として、エンジニアの人材不足を指摘する。

「私はよく、様々な外部のイベントに行きます。しかし、技術者の方とお話をしていると、どこも人材が不足していて募集しています。日本の場合は既存の業務に忙しい方が多く、新しい技術の導入にリソースを割けないというのを、お話を聞いていて感じています」(西下)

エンジニアの人材不足は、ブロックチェーン業界でも課題となっているようだ。ブロックチェーン技術は、専門知識が求められるだけではなく、技術のアップデートも早いため、エンジニアにとってはチャレンジングな領域だ。

「スタートアップの中には、ブロックチェーンをインターネットに次ぐ技術として注目している人たちもいます。特に、パブリック型のブロックチェーンのアプリケーションの開発やブロックチェーンのプロトコル自体を開発している人たちもいますし、彼らが集まるコミュニティは徐々に盛り上がりを見せつつあります」(西下)

これから、ブロックチェーンのビジネス活用に興味を持つ人が増え、IBMのブロックチェーン・ソリューションを活用することで、日本発のネットワークが次々と生まれてくる未来はそう遠くないだろう。

左・日本アイ・ビー・エム
ブロックチェーン事業部 事業部長
髙田充康
1995年慶應義塾大学理工学部卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。鉄鋼会社担当SE、新規顧客開拓技術営業・マネージャーを経て、2012年より中国IBMにおける新規顧客開拓プロジェクトに従事するため北京に赴任。帰国後、ブロックチェーン・クラウド・サービスの国内データセンター立ち上げをリードし、2018年より日本アイ・ビー・エムおけるブロックチェーン事業責任者に就任。

右・日本アイ・ビー・エム
ブロックチェーン事業部 ブロックチェーンエンジニア
西下
2016年名古屋大学大学院情報科学研究科を卒業後、株式会社日本総合研究所に入社。金融機関のシステム担当を経て、2018年より日本アイ・ビー・エム株式会社に出向。ブロックチェーンエンジニアとしてIBMのイギリスやスイスの研究所に赴き、最新の技術動向の把握。国内でもブロックチェーンのセミナーやイベント等にも多数登壇。

取材・文/師田賢人 撮影/篠田麦也

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