2019.12.26 [木]

これから「お金」という概念の境界が溶けていく2020年に向けた暗号通貨の光

2017年の暗号通貨バブルは序章に過ぎない。これからの時代を生きるすべての人にとって暗号通貨は、深く関わりのある話題となることは間違いない。今こそ、暗号通貨の価値を再認識すべき時なのではないだろうか。

メカニズムデザイン(制度設計)を専門とし、『暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない』(SB新書)の著者である慶應義塾大学・坂井豊貴(さかいとよたか)教授に話を伺った。

サトシ・ナカモトのビットコイン論文は内容・形式ともに美術品である

――暗号通貨に興味を持ったきっかけを教えてください。

坂井:初めにビットコインの話を知った時は、面白いとは思いませんでした。「ただの通貨だ」という印象だったからです。「怪しい」とか「変だ」ではなく、「通貨はそういうものだからな」と思ったんです。歴史を学んでいたら「非国家」や「管理者不在」の通貨は当たり前にありますから。これは経済学者としては、割と普通の反応ではないかと思います。

――では何をきっかけに、著書『暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない 』(SB新書)を出版するほど、暗号通貨の世界に踏み込むようになったのでしょう?

坂井:2017年夏頃にテレビの撮影で、元大蔵官僚の経済学者・野口悠紀雄氏と対談をしました。当時、彼はビットコインについて非常に熱っぽく語っており、ビットコインに魅了されているようでした。話を聞いていると、「ビットコインに付随している自由主義が好きなんだな」と強く思いました。野口さんは、リバタリアン(自由至上主義者)とまではいきませんが、どこかその香りを持つ人です。いわば、思想や性分としてビットコインを好んでいるんだなと。

野口さんとの対談をきっかけに、ビットコインに「これはおそらく敬意を持って接すべきものだ」と思うようになりました。そして、サトシ・ナカモトの論文『Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System』を読みました。

「絵描きが、良い絵がわかる」ように、「論文書きは、良い論文がわかる」ものです。サトシ・ナカモトの論文は、内容・形式ともに素晴らしい論文でした。そもそも作品として、無駄が刈り込まれた、美学的傑作です。これは第一級の研究者が書いたものだとすぐに分かりました。

ビットコインの仕組みには「多数決」の理論が組み込まれている

――サトシ・ナカモトの論文の内容については、どう思いましたか?

坂井:論文の内容で特に興味深かったものは、ビットコインの仕組みに「多数決」が用いられていることです。理論的には、ある意味でコンドルセの陪審定理がバックボーンになっています。現代のコンピュータ原理の父の一人であるフォン・ノイマンも、誤作動の少ないコンピュータの設計に陪審定理を活用していたので、その流れですね。

僕は多数決をはじめとする投票制度の研究者です。だから、論文を読んだ時に「あっ、これは自分の分野だ」と思いました。仕組みを調べていくと、ビットコインのプロトコルの設計というのは、やっていることは制度設計と一緒なんですよ。要するに「何をしたら、どういう結果が出るか」というのは、プロトコルで決めるわけですね。

例えば、「パズルを解いたらブロック報酬が出ます。ただし、パズルは最初に解かないとブロック報酬は得られません」とか。インセンティブの作り方ですよね。これらは、プログラムで書くわけですが、やっていることは制度設計です。

僕は制度設計に関する論文や書籍を書いていますが、実用化はなかなかされていきません。現行制度に既得権がある人は、それを変えたくないですからね。選挙制度なんてその好例です。与党の人たちは、自分たちを与党にしてくれた選挙制度を変えるインセンティブがない。ところが、ブロックチェーンはビットコインの仕組みのように、サーバー空間に制度のようなものを作れます。最近だと「Maker」をはじめとする分散金融は面白いですよね。投票権のようなトークンで分散管理をするオンライン金融の仕組みですね。

2019年を象徴するFacebookの「Libra

――2019年がもうすぐ終わろうとしています。暗号通貨の世界で今年もっとも注目したトレンドは何ですか?

坂井:一番話題になったのはFacebookのLibraでしょうね。この間、FacebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグがLibraについて公聴会に呼ばれていました。深夜にYouTubeで生放送をしていて見たのですが、面白かったです。

ザッカーバーグが「Libraは、Facebookとは関係ない。FacebookはLibraを取り巻く企業の a member(メンバーのひとり) にすぎない」と主張するんです。でも質問者はそんなことお構いなしに、「Facebookは個人のプライバシーをぜんぜん守っていない。どうするんだ!」と怒るんですね。

――全然コミュニケーションがかみ合ってない⋯⋯(笑)

坂井:そうそう。あれだけ見ていると、ザッカーバーグは可哀想にみえる。でも要するに、Facebookは嫌われているんですね。特にアメリカでは、フェイクの政治広告を流したりしたから、全然信用されていない。あの放送を見て、Libraはアメリカをはじめ、各国の規制をクリアしなければいけないということは、はっきりしたと思うんですよね。Libra側も「そのつもりだ」と少なくとも口先では言っています。だから僕は、Libraはそんなに恐れなくてよいとのでは思うんです。公聴会でもLibraそのものへの意見は少なくて、Facebookへの批判や、新しい技術への恐れの表明が多かったんです。ちょっとLibraは、変化が激しい時代への恐れをぶつけるスケープゴートみたいになっているのではないかな。

デジタル人民元(DCEP)にもっと注意するべき

――Libraを発表した背景に、中国人民銀行がデジタル通貨を近いうちに発行するから対抗すべきだという主張がありますよね。これに対しては、どのように考えていますか?

坂井:Libraより中国のデジタル人民元(DCEP)のほうが、よほど脅威だと思いますよ。あれ、なんで皆そんなに恐れないんですかね。絶対そちらにもっと注意すべきです。

前提として、中国政府を止められるプレイヤーは地球上にまず存在しない。中国以外の国家が、よほど上手く連合を組まないと中国には対抗できないでしょう。やはり、日米とヨーロッパくらいは連携すべきですが、実現できるかは微妙です。

中国政府はデジタル人民元を基軸通貨にしたいわけです。何が恐ろしいか? もし、我々が中国のデジタル人民元を使うとして考えましょう。

例えば、僕が中国政府に対して批判的な活動をするとしたら「坂井は気にくわないから、アカウントを停止しよう」ということができるわけです。物理的なお金だったら、僕から奪うことは簡単ではありません。一方、デジタル通貨は常に預けている状態になるので、管理者はいつでもアカウントを停止できます。

最近、北海道大学の政治学者が中国の政府機関に招聘されて訪中したら、先方の用意したホテルで当局に拘束される事件がありました。2カ月以上拘束されて、とくに理由は明かされぬまま、解放されたのですが。そういう政府に私有財産の首根っこをおさえられるのは、恐ろしいことですよ。ただ中国に限らず、中央銀行発行のデジタル通貨には、この懸念は常に付きまといます。民主制の国の場合は、ある程度はそれに民主的コントロールが効くわけですが。

これから「お金」という概念の境界が溶けていくのではないか?

――2020年に向けて、坂井教授が注目しているトレンドはありますか?

坂井:「Maker」のような、新しい分散管理の新しい仕組みでしょうか。ああいうのは人類の実験として面白いです。特に投票のような、政治の仕組みの実験ですね。大まかな言い方ですが、経済の仕組みって、例えば新ビジネスの創始のように、現実世界の自由市場でそれなりに実験できるんです。でも、政治の仕組みのほうは、実験というようにはいかない。選挙制度を変えるのだと、法改正だって必要ですしね。

あと、これは界隈では新しいテーマではないかもしれないけれど、僕はトークンエコノミーに深く感心があります。トークンという、お金のようなお金でないようなものがあることで、「お金」という概念の境界が溶けていく印象を持っています。

日本だと、ブロックチェーンで「ALISトークン」を発行する、メディアサイトの「ALIS」は面白いです。記事を投稿するとトークンをもらえたり、他人の記事にトークンで投げ銭ができます。僕もたまにALISに記事を投稿しますが、読んだ人がトークンをくれるんです。トークンをもらうのは、お金をもらうのとはかなり感覚が違います。

お金は、「金をもらうから、ちゃんと働かなきゃいけない」とか「金をあげたんだから、あいつは俺の言う通りに動くべきだ」とか、義務や責任の意味が付随するんです。でも、トークンにはそこまでの意味は付いてなくて、「お金」と「いいね」の間くらい。新しい感覚です。

ブロックチェーン技術が、諸々のコストを下げるとか、コインやトークンを発行できるとか、そういうのはもちろん大事です。ただ、僕はその技術が、どういう概念や文化を生み出すかに特に感心があります。

まずは触れることが大事

 ――貴重なお話ありがとうございました。最後に読者にメッセージをお願いします。

坂井:まず、暗号通貨やブロックチェーンに関わっている人には、今の時代は面白いですよねという共感の念をもっています。それ以外の人には、とりあえず取引所に口座を開いて、暗号通貨の売買をしてみることをすすめます。そうしたら、段々わかってくると思うんです。

ビットコインを送金してみると、「このお金の仕組みが、特定の管理者なしで稼働しているんだ」ということに、どこかで「すげえ!」と思うはずです。送金するときには公開鍵・アドレスを入力するわけですが、そうすると「なるほど公開鍵暗号とはこういう仕組みなのか」と体感できます。百聞は一見に如かずというか。割と暗号通貨って「コト消費」の面白さがあると思うんです。

電子ウォレット(財布)を使うのも面白いですよ。たとえば私の場合だと、MetaMaskに入れたお金を送金するとき、「GAS代」と呼ばれる手数料として少額のETH(イーサ)を払います。そのときのETHの使用感て、お金のような、チケットのような、あるいは車のガソリンのような、独特の感じです。すると「お金って何だろう?」「お金と遊園地のチケットは、そんなに違うんだろうか?」という疑問が自然に湧いたりします。すでにサイバー空間に、フィジカル空間とはかなり異なるお金の世界ができているのです。

また、海外の取引所を覗いてみると、いかに日本の規制が強いか、不合理かを感じられもするはずです。それと同時に、世界にある怪しい取引所を使ってみると、一定の規制の必要もわかるでしょう。そのような体験を突き付けられる場は、なかなか他にありません。こういうことを愉しめるのは、いまの時代に居合わせた人間の特権です。

坂井豊貴氏
1975年生まれ。 慶應義塾大学経済学部教授、株式会社デューデリ&ディール・チーフエコノミスト。米国ロチェスター大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。専門はメカニズムデザイン(制度設計)。 著書に 『暗号通貨vs.国家 ビットコインは終わらない 』(SB新書)、『多数決を疑う』(岩波新書)、『マーケットデザイン』(ちくま新書)ほか。著書はアジアでの翻訳多数。業績一覧はHP:https://toyotakasakai.jimdofree.com/Twitter: @toyotaka_sakai
取材・文/師田賢人 撮影/関口佳代

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