2019.12.25 [水]

スコアリングによるポイント化はヒトを入れ替え可能なモノのようにしてしまうのではないか

ある日、人の頭の上にポイントが見えてしまう主人公。それは、まるで近未来に到来するスコアリング社会を先取りしているような小説『アオハル・ポイント』(メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)。中高生を始め、リアル読者から熱く支持される小説家佐野徹夜氏は、人間の存在の前提さえも揺らぐテクノロジーが広がる今、何を想うのか。

残酷な現実と少しの希望を書いたつもりだった

架空の不治の病「発光病」に侵された主人公をめぐる小説『君は月夜に光り輝く』(メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)で2016年に第23回電撃小説大賞≪大賞≫を受賞し、作家デビューした佐野徹夜。同作は2019年にコミック化され、3月には映画が公開(監督:月川 翔、主演:永野芽郁、北村匠海)されて大ヒット。9月にはBlue-ray&DVDがリリースされ、原作はシリーズ累計60万部(11月現在)を突破と、佐野は、今最も勢いのあるベストセラー作家のひとりに数えられる。

彼の作品の特徴は、中高生に熱心に読まれていること。本がベストセラーになるだけでなく、中学校や高校の空間でしっかりと読まれているのでコミック化、映画化をしても、確実にヒットに繋がる。そのヒットが原作の売上につながるという好循環を生み出している。

その佐野が“君月”の次に手掛けたのが、『アオハル・ポイント』。高校生の主人公の青木直人がクラスメイトを含む人間の持つポイントが見えるようになり、それによって巻き起こる様々な人間模様を描いた物語だ。出版前、関係者に「読んでいると鬱になる」といわれ、佐野は衝撃を受けたという。

「読んだ感想が鬱になるので、鬱小説だとも言われました(笑)。前作まで、生きるか死ぬか、生きていくにはどうすればいいのかといった内容だったので、今回(『アオハル・ポイント』)は、残酷な現実と少しの希望を書いたつもりだったんです。高校生の時の辛い記憶を思い出したとか、高校時代の同級生の女性からは、主人公のお姉さんの年齢に近いので、もう人生を取り返せない年齢に自分がいるので読んでいて辛かった、とか言われましたね」

この小説で描かれる雰囲気は、個人のあらゆる情報が数値化してスコアリングとして評価されていく、ある意味で社会にブロックチェーンが浸透した時に出てくるサービスを先取りしたような描写が随所にある。

「昨日、今日の取材に備えてブロックチェーンの本に10冊くらい目を通してきました。それはともかく、ビットコインが盛り上がっているなとか、マウントゴックス事件ヤバいなとか、サトシ・ナカモトって誰なんだろうかなど、素朴な関心は以前から持っていました。

サトシ・ナカモトについては、覆面作家みたいですよね。僕は舞城王太郎さんが大好きなんですけれど、全く表に出ないスタンスを貫かれています。海外だと、トマス・ピンチョンもそうです。サトシ・ナカモトには、そういう謎めいたものを感じます。

小説家として新しいテクノロジーに興味があるのは、AI、VR、ビックデータ、そしてブロックチェーンなどが人間の認識を変える面です。大げさにいうと、人類の転換期、過渡期のような。今まで人間性って、無根拠に信じてきましたが、これらの新しい技術は自分たちの人間性って、どこまでが代替不可能で固有のものなのか、と問いかけてくるのではないかという気がしています」

佐野は、根源的なことを問いかける。

そもそも、人間とは何を持って人間か。例えば動物も感情を持ち、論理的な判断を行なえることがわかってきているが、ならば、どこから人間という線引きできるのか、また、人間が理性を失って動物のようになってしまった時、はたしてそれを「人間」と呼べるのか。実は何を持って人間かは、もっときちんと共有され、前提とされることにも関わらず、そうした面倒なことから人は意外と目を逸してしまっている。

また、AI技術の進歩により人間らしさは何によって根拠付けられるのか、それを上回る能力をもった存在が現れた時に、人間はそれとどう向き合うのかが問われている。さらに、ビックデータを巡るプライバシーの話は、そもそも何がプライバシーで、それを誰が、どう扱うのか、そもそもビジネスに使うことが果たして社会的な合意が得られるのかなどを浮き彫りにしている。そして、人間は言葉や行ないを信用し、信頼を積み上げながら社会を形成していくが、その信用や信頼の根拠とするものは何かをブロックチェーンは揺さぶってくる。

これらを突き詰めて考えいくと、私たちの社会は、非常に危ういことを前提に社会が成り立っていることが見えてくる。そして、そういう危うい前提のうえに社会が成り立っていることに気づいている人は決して多くない。

佐野は、<自分たちの人間性って何だろうか、そんなことが気になっている感じ>とさらりと話をしているが、人間とは何か、人間らしさは何によって根拠付けられるのか、そして信頼は何によって裏付けられるかといった根源的なことを問いかけているようだ。そして、これらの問いが扱おうとしていることは、普段身近であるにも関わらず、日々の出来事にとらわれて考えない、もしくは考えないように振る舞っている人々に、重いものを突きつけてくるように感じられた。

 

あらゆるものが数値化される非人間的でグロテスクな世界

テクノロジーに関する描写は一切ないが、その背後には、それがあるようなスコアリングが可視化された社会を描く『アオハル・ポイント』。主人公の青木からはクラスメイトのポイントがこんな風に見えてしまっている。以下は四時間目が始まって、ようやく教室に入った青木からの視界。

教室の同級生たちの頭上、ポイントが浮かんでいる

 49、53、

 62、52……。

 いつもの見慣れた数字だった。

 49が「青木、お前遅すぎ」次に53が「寝すぎだろ」小声で軽口を投げてくる。事情を説明しても微妙な感じになるだけな気がして「昨日ネットで動画見すぎたわ」と答える。「何の動画だよ」「xvideosだろ」サイト名は女子に対して隠語として機能していて、本当は何もかも違うけど「正解」と俺は言い、軽くウケたから、そこで会話を終わらせる。

ただし、このように人を点数で評価してしまうことは決して新しくはないと佐野は考える。

「こういう見方をする人って、昔から居たと思うんです。昔の小説だと、『高慢と偏見』、これは女性が結婚相手を品定めするような下りがあるんです」

佐野はこの作品を書き始めたきっかけについて、あとがきでこんなことを書いている。

僕が最初に自分のポイントについて意識したのは、大学四年生頃のことでした。

 就職活動中、色々ネットを見ていたら、就職偏差値という言葉に行き当たった。

 世の中にあるたくさんの会社が、待遇や規模などの様々な尺度から総合的にポイントをつけられて、ランクづけされているページがあった。ポイントが高いほど入社するのが難しい。就職難易度ランキング。それは、まるで大学受験の偏差値に似ていました。

 でもそれだけじゃなくて、受験にも大学の偏差値と自分の偏差値の二つがあるように、面接を受ける学生側にも、とても細かくポイントがつけられている。在籍中の大学の偏差値を一つの目安としつつ、TOEICの点数とか、体育会系かどうか、サークルやボランティアでの実績、難関資格の有無、出身学部がビジネスに関連しているか、といった要素によって、ポイントは変動する。

これについて、少し補足をしてもらった。

「個人的な意見ですが、僕たちの世代が就活する時に知りたかったことは、その企業がホワイトか、ブラックか。僕のように大学に入って小説を読んで、小説を書いていたような、いわゆるノースキルの文系の学生は、今の日本では再就職すると、待遇が下がりやすい。大抵の文系大学生が就職するところは、スキルが積み上がらない世界です。例えば新卒で大きな会社に入っても、配属先によっては、(転職時に有利になるような)スキルはなかなか積み上がらないし、上司とウマが合わなくて辞めたら、ブラックな会社に再就職することになるかもしれない。就活で何を恐れているかというと、勤め先がブラックだと、パワハラを受けて、体を壊すか気を病むかして、仕事を続けられなくなって、会社を辞めることになれば、今度は非正規雇用になる可能性があるということ。

ホワイトであることがまず大事で、労働待遇、三年後離職率、ハラスメントが起きないような制度がしっかりあるかと、年収とのバランスが大事っていう感じでした」

このように人間を厳しく数値化していく社会を佐野は、次のような非人間的でグロテスクな世界だと警戒する。

「人をポイントで見るっていうのは、結局、ヒトを入れ替え可能なモノのような存在にしていくようなところがある。でも、人間にはそれぞれに価値があって、それぞれの固有性を見ていくことが大事だと思う。目の前の現実にある、肉体を持った生身の人間として見ていくということです。また、その人と積み上げてきた思い出とか、記憶とかもある。ふと冷静になって、自分のおじいちゃんとかおばあちゃんとか、親とか家族とか、親戚の子供とかをポイントで見ていくつもりなのって考えたら、そんなわけにいかないはずです」

テクノロジーが急激に進化していく中で小説家の役割とは?

今、テクノロジーをテーマに盛り込む小説が増えている。そうしたなかで、佐野が作品に取り入れてみたいテクノロジーは、あるのだろうか。

「AIは、20年前、30年前に死んだ作家だったら、リアルに書くことが難しいテーマだったかもしれない。今を生きている作家としては、AIとか、人工授精とか、人間の存在が揺らいでいくような技術が出てきているので、そこに興味があります」

そのうえで、小説家の役割を次のように考える。

「いくら先進国で人工知能の倫理の議論をしていても、どこかで、歯止めが効かなくなることはある。それを踏まえたうえで、それを生活や、人生の中でどう受け止めていくかを扱うのは、小説家の仕事だと思います。今を生きている小説家として」

佐野自身は仮想通貨とも関係が深いとされるダークウェブなどに興味があるのだとか。まだ、具体的な構想はこれからだというが、佐野がダークウェブをどう描くのかは是非読んでみたい。今の社会を支えている科学技術の大半は、小説、映画、コミック、アニメなどフィクションの世界が先行し、それをアナロジーで追いかけてきたことは間違いないからだ。その意味でも、小説家の役割は今後ますます大きくなるはず。なぜならば、佐野のように活字離れが進んでいるといわれる中で、若い世代に読まれるものを書ける作家は、将来のテクノロジストや起業家などに大きな影響を与えるに違いないからだ。

佐野徹夜

小説家。第23回電撃小説大賞で『君は月夜に光り輝く』が大賞を受賞してデビュー。『この世界に i をこめて』『アオハル・ポイント』、『君は月夜に光り輝く +Fragments』(以上、いずれもメディアワークス文庫/KADOKAWA)、『透明になれなかった僕たちのために』(『文藝』2019春季号、河出書房新社)など。

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