2019.12.19 [木]

ブロックチェーン技術を用いた電力網で自然エネルギーの普及を目指す

SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)などが世界で注目される中、自然エネルギーを積極的に使う機運が高まっている。そうしたで、自然エネルギーを発電する人と必要とする人をダイレクトに結ぶ構想に取り組んでいるのが、デジタルグリッド社だ。このしくみを可能にしたのが、実はブロックチェーン技術だった。

発電者と消費者が電力を直接やりとりする世界とは?

近年の自然災害は、「想定外の出来事」や「~十年に一度」「~百年に一度」の出来事といった表現では済まないのでは? といった印象を人々に与えている。2011年の東日本大震災、それに伴って起きた原子力発電所の事故も、一昔前の出来事で済むことではない。駿河湾沖から日本列島と平行するように走る南海トラフの沈み込みでおきると想定される巨大地震は、今あなたがこの記事を読んでいる瞬間に起きても全く不思議ではない。

つまり、地球がヤバい! のだ。そして、これを前提にビジネスも生活もルールや意識を変えていく必要がある。こうしたなかでSDGsや、環境、社会、ガバナンスを意識したESG投資への意識が高まっているのは、周知のことだろう。

こうしたなかで注目されている取り組みのひとつが、風力や太陽光などを利用した自然エネルギーの活用だ。この分野では、国が各戸で発電した電気を買い取る家庭用太陽光発電の固定価格買い取り制度(FIT)が11月から順次終了し、電力会社による囲い込みが話題になっている。しかし、そもそも電力会社を介さずに発電者と消費者が電力を直接やり取りすれば、もっと効率的になるのではないか――こんな活動をしているのがデジタルグリッド社だ。

同社では、ブロックチェーン技術を活用することで、1)どこの、誰が、どうやって作った電気で、2)その電力が、誰に、どれだけ使われて、3)決済がスムーズに行なわれるプラットフォーム「DGP(Digtal Grid Platforum)」を構築し、2020年2月過ぎに商用展開を目指している。

「電気の取引は、非常に専門性が高いんです。例えば、業界では常識の『同時同量の原則』。よく考えていただくと当たり前なのですが、これがなかなか理解していただけないんです。発電した電力は、同時に消費される必要がある。水ならばダムや貯水施設、ガスならば貯蔵施設に蓄えておけますが、電気は供給量と受給量を24時間365日一致させておく必要があり、制度の高い予測とタイムリーな電源調達が必要なのです」

こう話すのは東京大学工学部を卒業後、長く電力業界に就職。2008年から大学院技術経営戦略学専攻特任教授として母校に戻り、その後2017年にデジタルグリッド社を起業した阿部力也氏。現在同社は、情報、金融、電力の3分野でビジネス領域に設定しているが、その経営は、後輩の豊田祐介氏へ渡し、阿部氏は、一般社団法人デジタルグリッドコンソーシアムの代表理事として、デジタルグリッドそのものの普及啓蒙活動に携わる。

将来的には、発電家と消費家をダイレクトにつなぐ

繰り返しになるが、阿部氏らのデジタルグリッド社が目指すのは発電家と消費家がP2Pで電力取引が可能になるしくみ。中央集権的に、大規模発電を行なう電力会社が発電家となり、消費家の各戸へ配電するのではなく、自分で使う電気は自分で作り、その余剰分は他者と分け合う。電気の分散化、電気の地産地消とも言いかえていいだろう。阿部氏によれば、発電所での発電効率は、燃料の約5割にしかならず、残りは熱として空気や海に放出される。「電力会社は、熱心に地球を温めてくれている」(阿部氏)のだとか。電気の地産地消は、地球環境を何とかしたい! という観念的なエネルギーを使うことだけでなく、合理的な観点から、着実にシフトしていく方が効率的なのかもしれない。

DGPの事業では、需要家として日立・清水建設・広島ガスなど発電家として九州電力・東京ガスなど、ESGの観点からソニー・京セラ、事業開発の側面でNEC・古河電工など、錚々たるメンバーの名前が並ぶ。

「あるメンバーは、取引先がクリーンエネルギーで作られたものしか購買しない方針を出しているため、そことの取引を継続させるために電力源を変える必要に迫られているという話をうかがっています」(阿部氏)

まだ日本ではそうした感覚は乏しいが、アップルのように劣悪な職場環境で作られたものではないことや、地球環境に負荷がかかる製造方法でないことを積極的にアピールするケースも出てきている。このような自らが価値創造を行なう過程で環境や社会や経済にも実質的な貢献をすることを「責任銀行原則」という。この動きが広がると、企業によっては事業資金の調達も困難になる。エネルギーは経済活動の根幹なので、その調達方法が問われるようになると、事業の構造転換を迫られてくる。自然エネルギーが優先して使われるようになり、消費者もどんなエネルギーで作られた商品かを意識し始めると、自然と旧来型の電力からの転換が迫られるようになる。その時に、きちんと自然エネルギーで作られたものかなどをDGPでは、ブロックチェーンを使って管理する。例えばどこで、誰が管理している、どのソーラーパネルの電気を使っているかまで特定して利用することができる。

「DGPでは、独自に開発したデジタル・グリッド・コントローラー(DGC)に、ブロックチェーンの秘密鍵を内蔵し、発電装置にあるスマートメーターが計測したデータをブロックチェーンに書き込みます。これを発電家と需要家の双方に取り付けることにより、過去の需要データからAIで1年分の需要を予測したり、電気料金を計算したりすることなどができます」(阿部氏)

指で指している部分にブロックチェーンの秘密鍵のプログラムが書き込まれている。

イーサリアムのスマートコントラクトを利用しているため、改ざん不可能性、発電源の特定、非集中管理化に加え、予め決めた条件でAIが契約行為を代行し、手続きを省力化できる。

「すでにJEPX(日本卸電力取引所)が電力の現物取引および、先渡し取引の仲介をやっていますが、イーサリアムを使うと、発電者と消費者がP2Pで直接取引できるようになるんですが、また制度面などの環境が整っていないので、そこが今後の課題です」(阿部氏)

改めて考えていただきたい。自然エネルギーを使うと、離島や山間部のようなところでもエネルギーを自前で調達し、都市部と大差のない生活が不可能ではなくなる。また、自然エネルギーを識別・選択して電力調達が可能となれば、電力を使う企業やその電力を使ってできた製品を使うユーザーにとっても安心につながるだろう。今後、電力の世界でも「分散化」は重要なテーマとなり、そこでの主役は再生可能エネルギーとなるはずだ。そんな誰でも参加できる開かれた電力市場の実現にブロックチェーンは欠かせない。今、人類が直面している大きな課題の解決の鍵はとも言えるかもしれない。

阿部力也氏
1953年福島県生まれ。工学博士。東京大学工学部電子工学科を卒業後、日本最大の卸電気事業者である電源開発(J-POWER)に入社。九州大学で博士号を取得。米国電力研究所派遣研究員などを経て、2008年より東京大学大学院技術経営戦略学専攻特任教授。2017年に退官し、デジタルグリッド社を設立。著書に『デジタルグリッド』(エネルギーフォーラム、2016)がある。

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