宇多田ヒカルがプロデュースする新人アーティストとして一躍脚光を浴びながら、日本の音楽シーンとは一定の距離を置き独自の路線を進む小袋成彬。イギリスを拠点に音楽のみならず絵や小説など様々な創作活動に精力的に取り組む彼は、ブロックチェーンに何を思うのか。アート系プロジェクトチーム〈ArtHub.jp〉代表の野呂 翔悟氏が聞いた。
ーテクノロジーの話もしたいです。今後AIなどのテクノロジーが発達して人間がコンテンツをつくらなくてもいい時代が来るのでは、とも言われています。そうなったときに、人間の価値ってどこにあると思いますか?
AIの進化は確かにすごいです。でも、僕はテクノロジーを駆使しながら、AIが決してマネできない音楽をつくっていると自負しています。僕もテクノロジーを使って、これまでできなかったような「音づくり」はしますよ。でも、そうやってテクノロジーで生み出した音を組み合わせて、言語化できない美しい「音楽」をつくるのは、僕ら人間にしかできないことです。いつも思うけど、J-POPはほとんどが大体フォーマットに沿って作られているから、それこそAIがつくればいいと思っているんですよ。そういう音楽のつくり方は僕はしない。
ーなるほど。AIがつくれない音楽のポイントってなんですか?
なんでしょうね。テクノだとただの4つ打ちと、裏打ちのハイハットだけで人が踊るじゃないですか。それこそ、AIがやろうと思えばできるはずなんです。でも、例えば彼女と別れた日にニーナ・クラヴィッツのDJを聞いて感動するのは、ただ音が鳴っているだけじゃない何かがあるんですよ。聞きに行った人のそれまで営み、文脈があって、さらにそこにニーナ・クラヴィッツの今までの人生が音に出て感動をするわけです。この感動は、AIがDJをやったって生まれっこないんですよ。プレイしている間に、ニーナ・クラヴィッツの中のエモーションが音にのる瞬間があって、それはやっぱりAIではできない、言語化できない何かがあるんです。
ー確かに、ミュージシャンが持っている背景があることで、感動の度合いは変わりますよね。それはやっぱり人間が芸術をつくる意味の一つなのかなと思います。人間がやっているから、面白くなるし、意味がある。
AIの将棋がプロ棋士に勝ったとかって言うけど、だからどうしたのって思うんですよ。だって、バッティングセンターに行けば人間より早い球を投げる機械があるし、何を今さら騒いでるんだろうと思う。身体的な機能は産業革命以降とっくに機械が人間を超えている。だから、知能もいずれそうなるでしょうと思うんですよ。だからね、AIがとって変われるものは、早く全部変わってもらって、俺らはずっと絵を描いているほうがめっちゃ楽しいんじゃないでしょうか。
ー本当に、そう思います。
毎日30万円ぐらい振り込まれて、長靴を履いて絵を書いているほうがよっぽど豊かな人生だなと思う。早く変わってくれないかなと思います。
ーそういう感覚を持つのが、人よりも早いと思うんですよね。そういう未来が来ても、小袋さんの価値は変わらないですか?
僕が今やっている活動はAIに置き換わらないと思っています。自分の仕事は、20年後にも残るかな、100年後の人も感動してくれるかなというのを常々考えていますから。
ー「100年後も人は感動するかな」という言葉は他のアーティストからもよく聞くのですが、なぜそう思うのでしょうか? 自分が存在したことの証明ですか?
いや、承認欲求ではないはずですね。なんだろう……考えたことないな。一つ言えるのは、価値があるものは、全て普遍性があるということです。普遍性のあるものやまだ誰も知らないもの。そういうものに憧れますね。
ーなるほど。では、ブロックチェーンについてもお聞きしたいです。ブロックチェーンって興味ありますか?
あります。だって、大学卒業をしてすぐの頃、イーサリアムが出たときに数万円分買ってますから。買ってから4年ぐらい忘れていたんですけど、一昨年の春にバブルが来たじゃないですか。当時イギリスにいて、「あれ、そういえばイーサリアム買ってたな」と思って、見てみたら20倍ぐらいに金額が上がっていました。これは、一時的なバブルでやがて落ちることが分かっていたので、そのタイミングで売っちゃいました。
ー嗅覚がすごいですね…。イーサリアムはどこで知ったんですか?
雑誌か何かで見て、「これこそ未来だ」と感じたのは覚えています。音楽の版権管理を全部イーサリアムの契約書に埋め込んで、テレビで自分の楽曲が流れた瞬間に、リンクされた口座にお金が入るようにすればめちゃくちゃ楽な仕組みができる。そういう未来がきっと来るだろうと思ったんですよね。
ー今後ブロックチェーンをビジネスに絡めることはありますか?
日本でブロックチェーンを音楽ビジネスに組み込もうとすると、芸能界はなんたら、包括契約でなんたらとかめんどくさいこと言われそうですよね。Spotifyが今、ブロックチェーンと版権をつなげる動きをしています。例えば、再生されるとお金が発生して、著作権者にちゃんと振り分けられるようなシステムをつくろうとしているんですよ。それが実現したら未来だし、日本で同じことをやるより、Spotifyに投資したほうがよっぽどいいと思っています。
音楽は結局4MBの芸術なので、イノベーションが他に比べて早いんですよ。だからこそ移り変わりは早いし、流れは常に捉えておこないとだめだなと思いますね。
ー音楽業界がスターを多く生み出すような、一大市場になった背景には流通がしやすく、技術革新が早かったことにあると思っています。その理由がまさに”4MBの芸術”だからに尽きるのでしょうね。一方で私の専門である絵の分野は、音楽ほどの市場の大きさはないません。ただ、スマホの普及で絵に触れる機会は増えているので、後を追ってくれるんじゃないかと思っています。絵にも、音楽における印税のようなものが導入されてほしいんですよね。
例えば絵に閲覧規制を掛けておいて、ブロックチェーンでつなげて、特定のコードを入力すれば見れるようになるといったことは技術的には可能でしょうね。ただし、海外だと生で観るからこそ感動するという価値観もありますから、絵に関しては音楽と同じようにはならないのでは、と僕は思います。
VRだって、「ちょっとおもしろいね」ぐらいで深い感動は特にないんですよ。エベレストの景色をVRで見たけど、やっぱり実際に行かないと意味ないな、というのも同時に感じたんです。音楽は五感の一つである聴覚を支配するもので、明らかにテクノロジーとの親和性が絵とは違うんですよ。絵は、一つの感覚だけというものでもないから、あと200年以上経たないと難しいんじゃないでしょうか。
ーなるほど、そういう意見も分かります。
僕は、スマホで絵を見て感動したことあんまりないんです。やっぱり、でっかい馬の絵とか、レンブラントの光のタッチなどは、直接見ないと感動しない。
ーでは、デジタルデータで絵を描いている人はリアルの絵画には勝てないんですかね?
それは、全然違う種類の感動だと僕は思っています。モネの絵を見たときと、iPhoneを初めて買ったときに出てくるあのAppleのマーク、同じぐらいの感動があるじゃないですか。ただ、種類が違うだけだという気がします。
ー確かに、デジタル特有の表現が出てくれば、それはそれでいいですよね。
でも、例えばシロナガスクジラを極限までリアルにバーチャルで表現できたとしても、子どもには本物のシロナガスクジラを見に行かせてやりたいんです。テクノロジーのすごさを訴えるのはいいけど、方法としてリアルなシロナガスクジラをつくってどうすんの
っていう。「いや、シロナガスクジラは生で見たほうが絶対感動するじゃん」って思ってしまう。
ーおっしゃるとおりです。
せっかくの高度なテクノロジーを全然本質的じゃない感動のために使っているのを見ると、違うなって思う。テクノロジーが、人の生活を便利にするとか、コミュニケーションを円滑にするとか、そういうのは重要なんですよ。でもなんか人間の感動という非言語的な領域をテクノロジーでやろうとしたら、大体カスみたいなコンテンツになるんじゃないかって僕は思うんですよね。生で見る感動をテクノロジーで再現しようっていう発想自体が違う気がします。そういう視点を持ってテクノロジーと向き合わないと、いつまでも現実世界の感動を追いかけているだけではないでしょうか。