2019.11.18 [月]

ブロックチェーン普及のカギは 社会需要性に応えられるか否か

ブロックチェーンは、公開鍵暗号の応用例のひとつ。NECの中央研究所で、電子投票などのしくみ作りで暗号に関わってきた佐古和恵氏は、ブロックチェーンについて、こんな見方をする。そのポテンシャルに期待する一方で、少しヒートアップ気味の状況を見ながら、社会に根付くか否かは、社会需要性が決めると見ている。

専門家はブロックチェーンの現在の状況をどう見ているか?

日本でもブロックチェーンをビジネスに活用することを意識されたイベントが活発になり、社会実装が叫ばれるようになりつつある。そうした中で、長年公開鍵暗号(Public Key Cryptography)の研究に携わってきた専門家からは、どのような景色が見えるのだろう。NECの中央研究所 セキュリティ研究所の佐古和恵 特別技術主幹は、同社のウェブサイトで自ら関わっている領域を、ビデオインタビューで次のように紹介している。

現在、暗号プロトコル技術を用いて、安全安心で公平な社会に貢献するための技術を研究しております。

いま注目しているのは、暗号通貨ビットコインに使われているブロックチェーン技術です

いまの社会は、いろいろなシステムがブラックボックス、になっていて、(そのブラックボックス化したシステムによって様々な処理が)どう行なわれているか、よくわからない面があります。

ビットコインが使われ出したのは、ブロックチェーン技術によって、安全でること、公平であること、透明性があることを、みなさんが信頼して使い始めたからだと思います。

このように、ブラックボックスではない透明な社会を作るために、ブロックチェーン技術がこれから大きく活躍すると思っています。

複数の参加者に関するデータを管理する場合、従来のデータ管理は、誰かひとりの参加者が代表で管理するか、誰か信頼できる第三者的な機関に管理を委託することが多かった。その際、特定の管理者がデータを書き換えたり、消去したりしないことを信じその管理者に頼るしかない。ブロックチェーンは特定の管理者や機関には頼らず、第三者の役割をデータ管理ノードとして複数の参加者が協調して行なう。ノードとはネットワークにアクセスできる接続ポイントで、ラテン語の結びを意味するnodusに由来する。

佐古氏は第三者の役割を行なうデータ管理ノードとして、誰もがなれるパーミッションレスなブロックチェーンと、限定した管理者によって行なうパーミッションドなブロックチェーンはきちんと区別して議論してほしいと話す。

「ブロックチェーンと言われるものは、誰が管理者になれるかで大きく二つに分類され、利用する際にも大きな分岐点になります。この分類に『パーミッションレス』と『パーミッションド』という言葉を使ってほしいですね。

ビットコインが素晴らしかったのはパーミッションレスで誰でも、何人でも、データ管理ノードになれることだったと思います。ただ、そのために暗号パズルを解く仕組みが必要で、難しい問題が出てきています。一方、データ管理ノードはきちんと信頼しあえる者同士が行なうというのが、パーミッションドなブロックチェーンです。技術的には従来から検討していたことの延長で、今まで暗号研究者が考えていたことが、活用していただけると思っています」

パーミッションレスかパーミッションドかは別にして、ブロックチェーンは単一の管理者によってデータ管理ノードが運営されないところに、大きな特徴があると佐古氏は考える。ビットコインというと、怪しい投機対象という印象を持つ方が少なくないが、暗号の研究に携わっている専門家から見ると、そのしくみに非常に可能性を感じている、と話す。ちなみに、NECでは、パーミッションドタイプのブロックチェーンのしくみを用意して、さまざまなパートナーとPoC(Proof of Concept、コンセプト=概念の実証)をするメニューを用意している。

 “おれおれブロックチェーン”とは?

佐古氏も執筆陣に名を連ねる『ブロックチェーン技術の教科書』では、ブロックチェーン技術のメリットを次のように述べている。「今までは、信頼できる人や組織が厳密に管理するサーバがあることを前提としていたが、ブロックチェーン技術を利用することで、そうした管理者が存在しなくてもサービスが提供できる。一定のルールに基づいて更新されるデータを誰の許可を得ることなく取得し、そこで得たデータとアイデアを組み合わせてイノベーションを起こす世界を目指すことができる。」

「実は、今の技術に怖さを感じています。私はインターネットがある前から、パソコン通信で電子メールを使っていました。その時は自分がどういうデータを送っているか、どういうプロトコルで、どういう情報を渡しているのか技術者なりにわかっていました。ですが、今ではこのボタンを押したら、どういう情報が相手に伝わるかがブラックボックスになってしまって見えにくくなっています。これからデジタル・トランスフォーメーション(Digital transformation、いわゆるDX)をすすめて、効率的な社会にしていくためには、この課題を解決していく必要があります。

そうしたなかでブロックチェーンがあると、どういう情報に基づいてどのような処理をされて、その上でこの結果になった、ということが誰の目にも明らかになります。今の怖さを解消してくれるな、と思っています

こうしたことは一般の利用者の使い勝手には現れませんが、研究者や技術者など専門家から見たときのインフラの安心感というのが変わりますし、このインフラを使う企業が利用者に信頼されて成長してほしいと思います。」

その一方で、非中央集権的なポテンシャルゆえに、ブロックチェーンへの期待が過剰になっていることも指摘する。

「ブロックチェーンって、実は明確な定義がありません。『これ、ブロックチェーンを使っているんだぜ』と誰かが言っても咎められないし、一般の人では確認のしようもないわけです。専門家の間でも、そうしたことは知られているので、『これが僕のブロックチェーンです』と言われたら、『へぇ~』と反応するしかないんです。ブロックチェーンとして、明確に共通認識になっているものはビットコインに使われているもので、その他はどこまでをブロックチェーンといっていいのか不明確なものもあり、“おれおれブロックチェーン”と言われても仕方がないものも時々あります。」

佐古氏はブロックチェーンが、潜在的技術革新によって幕が開いた黎明期、過度な期待が膨らむピーク期、関心が薄れる幻滅期、具体的な事例が増え始め、理解が広まる啓蒙活動期、主流プレーヤーの採用が始まる生産性の安定期とステップを踏んでいくハイプ・サイクルのどこにあるかはわからないとしつつも、みんながブロックチェーンは使えないという時期になったとしても、いつかは必ず評価され、社会を変えていく力があると信じている。ちなみに、ハイプ・サイクルとは、そのトレンドに過剰な期待があるなかで、それが誇張(hype)されたものなのか、実用化されるものかを見極めるために、米ガートナー社が提供している分析手法のひとつ。そして、ブロックチェーンが次のステップに進むか否かは、「社会需要性」によって変わると佐古氏は予想する。

「いくら良い技術でも、みんなに使ってもらえないと発展しません。例えば、プライバシーの研究もお客様はプライバシーが大事といっているけれども、お金を払ってでもプライバシーが尊重されるサービスを選択する、というコンセンサスがないと持続しません。

私は暗号技術とは弱いものの味方だと思っています。一般の生活者が持っているコンピューターはせいぜいスマホだったり、パソコンだったりで、それほど大きな計算能力は持っていません。一方で大企業や政府では、巨大なデータストレージ、計算能力を持っていて、対等な関係とは言えません。。しかし、弱い生活者であっても、暗号技術を使うと、大きな組織にも解読されないで済む。暗号には弱きものを守る側面もあると思っています。そうしたことを踏まえて研究開発やサービスを設計し、それをきちんと伝えていくことによって、安心・安全な社会つくりに貢献したいと思っています」

今ブロックチェーンは、バズワードとしてヒートアップ気味なので、それがきちんと本来の特徴を活かしたものなのかは、きちんと見極めていく必要がある。佐古氏のような専門家の発言に耳を傾ける必要があるといえるだろう。

セキュリティ研究所 特別技術主幹、日本学術会議連携会員
佐古 和恵

神戸市生まれ。1986年京都大学理学部を卒業後,NECに入社。電子投票システム、電子抽選システム、匿名認証方式など、暗号プロトコル技術を用いてセキュリティ、プライバシー、公平性を保証する方式の研究開発に取り組む。2014年より現職。日本学術会議連携会員や、第26代の日本応用数理学会会長、平成30年度の電子情報通信学会副会長を務める。セコム株式会社IS研究所、NEC編『ブロックチェーン技術の教科書』(C&R研究所、2018)に執筆したほか、共著に『ブロックチェーン技術の未解決問題』(日経BP、2018)がある。

取材・文/編集部   撮影/干川 修

この記事をシェア