GDPのような経済的指標だけでなく、社会資本や環境資本も積極的に評価し、地域の魅力を多面的に評価することを提唱する「鎌倉資本主義」を掲げ、コミュニティ通貨サービス「まちのコイン」を提供する面白法人カヤック。地域を元気にする通貨とはどんな通貨なのか、その背景を戦略担当の佐藤純一氏に聞いた(上写真の右が佐藤氏。左は、カヤック代表取締役 CEOの柳澤大輔氏。同社が運営する「まちの社員食堂」のテラスにて撮影)。
人と人のつながりを増やして、地域を元気にする「まちのコイン」
地域の活性化のために、地域通貨を利用する事例が増えている。そうしたなかでもユニークな取り組みとして知られているのが、鎌倉を拠点とするカヤック社の取り組みだ。同社は、創業者の3人が日本的面白コンテンツを事業にする“面白法人”として1998年にスタートし、2002年には鎌倉にオフィスを移転、2014年にはマザーズに上場、そして2018年からは横浜などにあった主要拠点を鎌倉に移し、地元と一緒に発展してくことを「鎌倉資本主義」と名付け、地域活性に取り組んでいる。
なかでも最近注目されているのが、分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology、DLT)を利用し、同社が開発したコミュニティ通貨サービス「まちのコイン」。2019年11月から神奈川県の「SDGs つながりポイントシステム構築業務」をカヤックが受託し、鎌倉市内で「まちのコイン」の試行および実証実験が行なわれる。
「まちのコイン」はQRコードを介して、コインをやり取りするもので、ユーザーは地域活動などに参加するとコインを獲得することができる。獲得したコインは、加盟店などで利用することができるが、法定通貨と交換することはできない。また、ゲーミフィケーションを活用し、取り組み全体への参加頻度でボーナスコインが付与されたり、レベルアップするなど、楽しみながら地域活動への接点が作られ、人と人がつながったり、地域の自然や文化などが再発見されることを目指す。
この「まちのコイン」の背景には、上述した「鎌倉資本主義」という考え方があることを、カヤックのグループ戦略担当執行役員・佐藤純一氏は次のように解説する。
「社会や経済が成熟する中で、様々な課題が浮き彫りになっています。わたしたちは、その背景には経済資本の指標、つまりGDP(Gross Domestic Product、国内総生産)という指標のみでしか経済をみていないことがあると考えています。鎌倉の場合、GDPの指標、つまり経済資本で見ると、観光産業が中心で上場企業といえば弊社のみ。けれど、皆さんよくご存じのとおり、鎌倉の魅力はもっと豊かで多様です。
そうしたことを可視化できるようにするには、経済資本以外の別の指標を用意する必要がある。具体的には、経済資本に加え、社会資本、環境資本という3つで鎌倉の魅力を捉える。これが鎌倉資本主義のベースにある考え方にあります」
図:面白法人カヤック提供
人と人のつながりを広げていく“開かれた通貨”
佐藤氏が提示する社会資本は人と人のつながり、環境資本は自然や文化の魅力と言い換えられ、これらは生産性や売上などの経済資本とは異なり、定量化されにくいため、指標として軽視される傾向がある。けれど、地球環境への負荷、経済格差、人口減少など、SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)で掲げられている課題を経済資本の指標だけで取り組もうとすると、なかなかうまくいかない。
「SDGsのように、包括的な取り組みは、経済的な指標だけで効果を捉えられないものです。そこで、人と人のつながりによって蓄積される社会資本や、その地域の自然や文化である環境資本を総合的に成熟させていくことが大切ではないかと思っています。
『鎌倉資本主義』を掲げるわたしたちのアプローチは、短期的な評価の常識からみれば、経済合理的ではないと見えるのかもしれませんが、人と人のつながりを増やし、それを元手に新しい経済発展を目指すものなので、最終的には経済合理的な活動でもあるはずです。少し別の言い方をすると、対処的ではなく、地域コミュニティのPL(Profit and Loss Statement、損益計算書)だけではなく、BS(Balance Sheet、貸借対照表)も含めて見ていこうということなのです」
上場企業の四半期決算の公表義務、国際会計基準の導入などの影響で、企業や地域の経済が中長期的な視点で見通せなくなっていることは、よく指摘されている。また、行政の単年度予算主義も、政治のリーダーシップが発揮されない場合、腰を据えて地域社会の発展を意識した取り組みができない理由として指摘される。
経済資本のみならず、社会資本、環境資本にも目配せしようという鎌倉資本主義のアプローチは、社会学でいう社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)も考慮し、さらには環境や文化なども積極的に評価し、地域の魅力を総合的に捉えようとする取り組みともいえる。
これまでカヤックは、待機児童や産休・育休からの職場復帰の問題を企業主導で取り組む「まちの保育園 かまくら」、鎌倉で働く人に向けて昼食、夕食を提供する「まちの社員食堂」、鎌倉のカフェやレストランを映画館にする「まちの映画館」など、つながり作りの観点からまちに関わることで、まちを面白くしていこうという取り組みを数多く行なってきた。こうした活動をするなかで、つながり作りを可視化し、さらに多くの市民が参加することで地域はもっと元気になると確信し、開発されたのが「まちのコイン」だ。
「既存の地域通貨の多くは、地域を閉じて消費を外に漏らさないという内需拡大思考で閉じた経済圏を目指しているように思います。もちろん内需拡大も大切ですが、『まちのコイン』は地域を開き、人と人のつながりを広げていくことに重点を起き、まちのコミュニティ、まちに関わる人を増やしていく“開かれた通貨”を志向しています。
というのも、東名阪福のような大都市は地域の中での消費をうながす内需拡大タイプで発展するモデルが描けますが、人口が少ない多くの市町村では、そういうことが難しい。また、平成の大合併で規模は大きくなったけれども、それ以前の地域が分断されたままの状態というケースもある。こうした地域は、外の仲間を増やし、応援してくれる人と人をつなげていく必要があると思って『まちのコイン』を設計しています」
設計的な制約が多いブロックチェーン技術は採用しない
神奈川県の「SDGs つながりポイントシステム構築業務」は、鎌倉市で11月に実証実験をスタートし、小田原市や県内の各地域で本格展開することが予定されているが、「まちのコイン」そのものは、他の都道府県でも興味を示す地方公共団体がある。八女市(福岡市)や下川町(北海道)などである。
「八女市は、八女茶の産地として知られていますが、茶摘みの時期になると、小・中学生が農家に草むしりのお手伝いに行くそうです。手伝った子どもたちは農家からもてなされるという習慣が昔から続いています。大学がないため、地元を離れる若者が多いのですが、こうした体験が記憶に残り、自分に子どもが出来た頃、あのような体験を自分の子供にも味あわせたい、地元に戻ろうと思う。ただ、そういう子供も少なくなってきました。例えば、お手伝いをした子どもが『まちのコイン』を手に入れ、コインがたまると、ちょっとしたご褒美を手に入れたりといったことができるような、そんな仕組みを考えています。地域での原体験を作るきっかけになればと思っています。
また、下川町は人口3300人の町なのですが、先進的なSDGsの取り組みをしていて、第1回のジャパンSDGsアワードで総理大臣賞を受賞するなど、国内外から高い評価を得ています。この町は人口が少ないのですが、エネルギー政策やSDGsへの取り組みの視察に来る方がたくさんいて、年間2500人くらいになるそうです。ただ、この方たちがまちに関わり続ける方法がないので、そこを『まちのコイン』によって補おうという話が進んでいます」
「まちのコイン」はカヤックが培ってきたゲームの要素を取り込むことで、面白いと感じながら使えるところを特徴とする。分散台帳技術を使うもののブロックチェーン技術は使わない
「当初はブロックチェーン技術を使うことも検討していましたが、ゲーミフィケーションのように様々なかたちでコインを活かそうとすると、ちょっと使い勝手が悪いことに気づいたんです。例えばボーナスコインを付与したり、期限がきたらコインを回収するような使い方をするには、制約の多いブロックチェーンだと設計が困難になってしまうのです。
そもそもですが、『まちのコイン』は法定通貨(円など)との換金はしません。なぜならば、それがお金に準ずる価値を交換するものになると、気分が変わってしまうんですね。例えば、お年寄りのお手伝いをしようと思って参加したときに、法定通貨と交換できるものだと、結局は仕事になってしまう。一方、ボランティアだと、なかなか参加者を増やしたり、継続していくことが難しくなることある。また、通貨と交換ができると、誰が、どれだけコインを持っているかを隠したくなる。『まちのコイン』は誰が、どれだけコインを持っているかが、みんなに見えるようになっています」
同社では、まちのコインで使っている分散台帳技術の詳細は公表していない。ちなみに、ブロックチェーンは分散台帳技術を使うものだが、分散型台帳技術=ブロックチェーンではない。煩瑣な技術的説明には立ち入らないが、ブロックチェーン技術はインターネット上で誰でも参加できるオープンなP2Pネットワークとして機能するパブリックブロックチェーンと、分散型台帳技術によって構成されると言われている。そのうち、分散型台帳は複数の参加者が一つの台帳を共有する技術で、企業のポイントや物流管理など複数の組織を横断的に結ぶ技術として利用されている。従来の情報システム技術に比べると、台帳の信頼性を向上させ、平等な情報共有を実現する。また、1つの参加者だけが集中管理せず、複数の参加者が対等な立場で記録して、読み出しをすることもできる。
いまブロックチェーン技術は、バズワードになっているが、本当に提供したいサービスによっては必ずしも適さないケースもあると佐藤氏は話す。だが、こうした取り組みが出始めていることは、ブロックチェーン技術の理解が進み、社会実装が本格し始めているがゆえという見方もできるはず。
単にブロックチェーン技術を使っているか否かではなく、どんな価値を提供できるか、サービスの中身が問われる時代になりつつあることを、カヤックの取り組みは示唆している。
カヤック
グループ戦略担当執行役員・佐藤純一氏
大学卒業後、大手電機メーカーの研究開発に従事。その後、技術系ベンチャー企業の立ち上げに参画し、2004年にチームワーキングのソリューションを提供するトラストコンベクション社を創業するが、面白法人カヤックのビジョンに共感し、同社をカヤックに統合。執行役員として、同社のグループ経営に関する戦略推進を担当する。「まちのコイン」を扱うカヤックのグループ会社「QWAN」の取締役も務める。