中国の芝麻信用(セサミ・クレジット)、日本におけるJ-ScoreやLINEスコアなど、テクノロジーを活用してスコアリングというカタチで「信用」を創造する取り組みが広がっている。
しかし、ゼロから新しいシステムをつくり上げることが、常に正解とは限らない。2019年4月に7,000万円を調達したクレジットテックスタートアップの「Crezit」は、既存の信用システムを最大限に活用した「信用の最適化」に取り組む。
本記事では、Crezit代表の矢部寿明氏にインタビューを実施。矢部氏が見据えている、「消費者向けの金融サービスを、金融機関が手がけなくなる」未来の全容から、「信用情報を確認するために専用端末の取り寄せがマスト」な信用システムの問題点、さらには「『新しい信用を創造する』ことは効率が悪い」と断言する理由まで、同社のビジョンを徹底解剖した。
目次
消費者向けの金融サービスを、金融機関が「手がけない」未来
――まず、Crezitの事業内容を教えていただけますか?
矢部:まだプロトタイピング段階なのですが、大きく2つの事業を準備しています。まず1つ目は、コンシューマー向けのデジタルクレジット事業。
銀行のカードローンやクレジットカードのキャッシングなど、既存の消費者向けの貸付サービスには、負の側面が多いです。まず、金利が高い。貸し倒れリスクがほぼゼロでも、15%の金利を取られたりします。そして、リボ払いの搾取性。既存の貸付サービスでは大抵がリボ払いによる返済を勧められます。返済期間を長く取り、借りるまでのハードルを下げることで、トータルで膨大な金利を搾取する構造になっているんです。
Crezitの最初の事業として、こうした歪みだらけの消費者向け貸付の現状に、一石を投じるサービスを準備しています。
――もう1つの事業は何でしょう?
矢部:デジタルクレジット事業がある程度軌道に乗ったら、企業向けに与信機能や貸付機能を提供する、「Credit as a Service」を手がけたいと思っています。
近い将来、お金の貸付や保険といった消費者向けの金融サービスを、金融機関が手がけなくなる未来が訪れると思います。代わりに、自社で多くのユーザーのデータを抱え込んでいるプラットフォーマーが、コンシューマー向けの金融ビジネスも提供するようになるはずです。メルカリがメルペイを通じて与信を提供し、後払いサービスを手がけるようになったのは、そうした潮流の第一歩でしょう。
――確かに、GAFAをはじめ多くの民間企業が大量のユーザーデータを持っているのに、金融機関だけが与信を行なえるのはおかしいですね。
矢部:おっしゃる通りです。僕のデータを金融機関よりも多く持っている民間のサービスはたくさんあるのに、いざ金融サービスを利用しようとすると、既存の金融機関を通してしか与信が行なえないのは、構造的に効率が悪い。
ただし、民間企業が金融サービスを手がけようとすると、事業化のためのコストが問題となってきます。僕も前職のBASEで、ファクタリングサービス『YELL BANK』の立ち上げを手がけるなかで痛感したのですが、金融事業をつくるコストは非常に高い。金融は基本的に薄利多売のビジネスなので、きちんとP/Lを引いていくと、かなり規模が大きくならないと割に合わないと分かります。
信用情報を見るために、専用端末の取り寄せがマスト?現行の信用システムの問題点
――金融事業をはじめようとすると、具体的にどういったコストが生まれるのでしょうか?
矢部:そもそも金融における「信用(クレジット)」とは、キャッシュフローのことです。ある人に10万円を貸したときに、その人がどんなにすごい人でも、10万円稼げることが確認できないと「信用」はできません。
そして、キャッシュフローの確からしさをこれまでの履歴を使って確認するために信用情報機関にある「クレジットヒストリー」を参照しています。クレヒスは個人でも見られますが、事業者が利用しようとすると、そもそも金融機関でないと参照できないうえ、確認する際に少なくないコストが発生します。1件参照するだけで数十円かかるのに加え、なんと専用の端末と、それに付随するソフトウェア上でしか情報を見られないんです。
――専用の「端末」が要るのですか…?
矢部:はい。その端末を取り寄せて、手打ちで個人情報を入力する必要があるんです。初期費用やランニングコストもかかりますし、何より1件ずつ手打ちで参照するための人件費も膨大。システムに組み込もうとしても、APIが解放されているわけではないので、SIerなどに発注して自社サーバーに直接つなぐ必要があり、莫大な開発コストがかかります。それゆえに、ふつうの民間企業が金融サービスを始めようにも、スケールさせるのは難しい。
こうしたコストの高さを打破し、民間企業がより簡単にエンドユーザー向けの金融サービスをつくれるようにするための一助として、与信機能や貸付機能を提供できるプラットフォームをつくりたいんです。Crezitのサービスをつないでもらえれば、信用リスク分析や貸し倒れ率の計算はもちろん、そのまま融資や保証付けまで行える、「Credit as a Service」を提供したい。
銀行のディスラプトは考えて“いない”。クレヒスを最大限活用し、信用を「最適化」する
――民間企業が手軽に金融サービスを提供できる未来が到来したとき、既存の金融機関はどういったロールを担うようになるのでしょうか?
矢部:資金の供給源になると思います。実はこうした議論は20年ほど前からなされているのですが、銀行自体はコンシューマーにお金を貸すインターフェースは持たず、ユーザーとの接点を持っている民間企業に裏側で資金を提供する形が理想的だと思うんです。
銀行はコンシューマーのデータを持っていませんし、民間企業と接続しようにも、銀行法の改正の歴史や今までの変化スピードを見るに、日本の銀行がAPIを解放してシームレスに連携する未来は見えにくい。とはいえ、銀行ほど膨大なお金を持っているプレイヤーは他にはいない。だから銀行は、民間企業への資金供給機能を担う存在となるべきです。
――となると、銀行をはじめ既存の金融機関をディスラプトしたいわけではないんですね。
矢部:おっしゃる通りです。昨今は「新しい信用を創造する」といったことを言う方も多いですが、僕らはちょっと違うことを考えています。「オプティマイズ・クレジット」、すなわち既存の信用の仕組みを最適化しようとしているんです。
そのビジョンのなかには、データソースやアルゴリズムを変えて、既存の与信モデルでは正しく評価されていなかった人たちを再評価することも、もちろん含まれます。ただし同時に、リスクのコントロールや、既存の貸付サービスを最適化することも考えないと、信用システムはアップデートできないと思うんです。
例えば、中国の芝麻信用ですら、評価の3割ほどはクレヒスのデータソースを参照しています。一方で、現在日本で出てきている信用スコアサービスは、クレヒスを参照していません。となると、アンケートデータくらいしか参照できないのですが、果たしてそうして算出したスコアに価値があるのでしょうか。そもそも、クレヒスに膨大なデータがたまっているのに、ゼロから新しい信用システムをつくり上げるのは効率が悪い。決済データやSNSのデータを活用していくにしても、クレヒスとの併用抜きには、意味のあるシステムはなかなか生まれにくいと思います。
アフリカ滞在、そしてブラックリスト入り。その時、「信用」への情熱が芽生えた
――お話を伺うなかで、矢部さんの「信用」に懸ける並々ならぬ情熱が伝わってきます。そもそも、なぜこの領域に興味を持たれたのでしょうか?
矢部:大学生の頃、途上国開発に興味を持ち、10ヶ月ほどケニアにインターンに行ったことがありました。アフリカ19ヶ国のマイクロファイナンス機関を集めたキャパシティ・ビルディングを手がけている財団法人で働いていたのですが、未電化地域でソーラーシステムを提供することで人びとのクレジットや与信を積み上げるスタートアップM-KOPAに出会い、「ファイナンスってすごいな」と思ったのが出発点です。
また、アフリカ滞在中にクレジットカードの支払いが滞ったことが原因で、ブラックリストに載ってしまい、僕自身がクレジットカードをつくれなくなる経験もしました。そうしたことから消費者の金融サービスに興味を持ち、日本に何百冊とある消費者信用や消費者金融の本は全部読みましたね。
その後、新卒入社したGEで大企業のコーポレートファイナンス、転職したBASEでスモールビジネス向けの金融サービスの立ち上げに関わりました。だけど僕自身の原体験の印象も強く、消費者向けの金融システムへの興味が捨て切れなかった。調べてみると、信用情報機関からバンキングまで、課題が山積していると分かったのでCrezitの創業を決めたんです。
――最後に、今後の事業拡大に向けた課題を聞かせてください。
矢部:現在はプレシード期で、「この分野のことが好きで好きでたまらない」といった人たちを集め、市場ニーズを検証するためのプロダクトをつくっているフェーズです。来年頃には事業として成立させる予定です。
よく「俺はもうユニコーンだ」と言っているのですが(笑)、登るべき山は見えています。着実にエグゼキューションしていくことが、いま取り組むべきことだと思っています。
矢部寿明氏
大学卒業後、GE(ゼネラル・エレクトリック・カンパニー)に入社。ファイナンスのリーダー育成プログラムであるFMPに所属し、北アジア3ヶ国のファイナンス業務などに従事。2018年3月より、BASEへ入社。子会社BASE BANKの立ち上げ、将来債権譲渡のスキームを活用した「YELL BANK」の企画・開発や融資事業の立ち上げなどを行なう。2019年2月退社し、Crezitを創業。慶應義塾大学卒。Twitter: @yabebe_t
取材・文/小池真幸(モメンタム・ホース) 編集・撮影/岡島たくみ(同)