2019.11.06 [水]

ブロックチェーンは“有限財を距離と時間を関係なく、やり取りできる技術

90年代には、世界に先駆けたモバイル・インターネットの「iモード」の開発部隊に参画、Googleや楽天などのメガ・プラットフォーマーでも活躍、現在はIT評論家の肩書きで活動をする尾原和啓氏。今年3月に出版した『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP社、共著)は、リアル世界がデジタル世界に包含されることで何が起こるのかを描き、放送作家の小山薫堂氏やヤフーの川邊健太郎社長らに称賛されてベストセラーになっている。
豊富な知識と経験を持つ尾原氏ゆえに、ブロックチェーンの本質とは何かを、簡潔に解き明かす。

インターネットは情報の無限の広がりを可能にした。ブロックチェーンは有限なものを対象とする

「ブロックチェーンの本質は何かを一言でいうならば、“有限財を、距離と時間を関係なく、やり取りできる技術”ということです」
学生時代からインターネットの魅力に取り憑かれ、その歴史の舞台に自らもプレーヤーとして参加をしてきた尾原氏。インターネットに次ぐインパクトとも言われるブロックチェーンの本質は、時空を越えて、有限の価値をやり取りできるようにする技術と考えている。

「インターネットはデジタル化した情報を無限にコピーできるようにしたことで、ここまで広がりました。ゆえに、どうしても無限を前提としたビジネスになりやすいんです。それに対してブロックチェーンは、有限なものを対象とします。典型的な例ではアートでしょう。アート作品の貸し借りは、いつ、誰が、どこで、アートを展示したかっていうログが、きちんと残ることで、この作品が本物かどうかの証明になる。そして、最近のアート作品は、単純に美術館に展示するよりも、その作品が、どの場所に展示されて、どんな人たちが観たかといった物語が価値として、作品表現の根源的な要素として考えられるようになっています。そういうことをブロックチェーンは、きちんと記録することができる。例えば、一日だけ借りる際の価格はいくら、といった設定も可能になります」

有限性のあるものの価値を時間・空間を越えてやり取りできるというケースには、こんな例も考えられると、尾原氏は話す。

「パソコンのCPUの処理能力も有限的な財物なんですね。私が持っているPCは、どんなに使おうと思っても一日24時間以上は使えませんし、寝ている間は使わないわけです。で、その使わない夜中の8時間は、自分のためではなく、誰かのためにCPUを使うことができる。例えば、宇宙探索を計画している機関に、CPUの処理能力をインターネット経由で提供することもできるわけです。そうしたことを何百万人のパソコンCPUによって行なえば、圧倒的な計算処理能力が実現して、宇宙交流ができるようになるかもしれない。その宇宙交流が実現して、それによって得た利益は、その貢献した時間で収益を配分しましょう、といったことが、ブロックチェーンを利用すると可能になる。つまり、有限財の交換を、世界レベルで瞬時に可能にする。これが、この技術の本当の凄さなんです」

新しいテクノロジーと上手に向き合う
ディープ・オプティミズムの態度とは?

長らくインターネットに関わってきた尾原氏は、ブロックチェーン界隈で分散型やP2Pなどが叫ばれる背景には、それぞれ分散されていたネットワークが相互に接続する、つまりインター・ネットワーク(=インターネット)になることで、さまざまな可能性を模索してきたことにあると分析する。そして、テクノロジーは自由を増やしてくれるものであるという前提に立つという。

「僕は新しい物事を前にしたときに、これの出現によって、何かいいことが起こるだろう、という明確な意思を持って臨むディープ・オプティミズムの立場なんです。例えば、LibraにしてもFacebookが圧倒的な権力を持ち、国を超えた通貨発行機関になるかもしれない、という話をする人がいます。これは思考実験としてはおもしろいですが、Libraはリザーブ通貨だから、そもそもユーザーが変えたいといった分だけ発行する、と最初から宣言している。つまり、今までになかった規模の通貨圏ができる可能性は思考実験としてはありうる一方で、当初は法定通貨と交換したいユーザーと交換するだけとFacebookも言っているので、国の追加発行権がすぐに脅かされるわけではない。
新しい技術の副作用について深く考え続ける必要はありますが、まずリスクを眼の前に並べて、それが全部クリアにならない限りは使うのを止めようという悲観的な態度では、ビジネスも社会も前進しません。ここは新しい物事と向き合ううえでは、非常に大事なポイントです」

そして、インターネットは、遠くにあるものをつないでくれるので、今まで得られなかった自由が得られるようになる。これだけは、揺るがない信条と尾原氏は強調する。

「今日(取材日は9月9日)は記録的な台風が通過した東京で、取材を受けています。いま成田空港では多くの方が足止めされていると報道されていて、編集担当の方もここに来られなくなってしまいましたよね。皆さんは、既に記憶が薄れていると思うのですが、iモードが登場する以前は、こういう災害が起きた時、交通機関の運行情報を確認したり、遅れるという連絡をするのは、とても大変でした。電話は輻輳してダウンしてしまうこともありましたから。でも、インターネットのおかげで不安な気持ちを多少和らげることはできるようになったと思います。

そして、モバイル・インターネットが普及してからは、待ち合わせの時間と場所をきっちり決めて行動する必要がなくなり、私たちは自由になりましたよね。テクノロジーの素晴らしさは、こういうところにあると思うのです」

尾原氏は、ディープ・オプティミズムという立場を取るが、不必要に話を膨らまして語るわけではない。過去に起きたことや、これから起こる可能性が高い事実と、思考実験をきちんと腑分けして説明する。そして、思考実験について語る時は、そのテクノロジーがどんな目的で使われるか、そして課題(限界、有限性)が何かも含めた光と陰を丁寧に説明しようとする。私たちは、大きな変革期の中にいるなかで、尾原氏のような“話者の誠実性”を大切にする専門家の発言に、耳を傾けていくべきだろう。

尾原 和啓氏
IT評論家/Catalyst

京都大学院で人工知能論を研究。90年代後半のMcKinsey時代に、急成長する携帯電話市場に関わり、退職後にドコモ入社。iモードの草創期から開発に携わる。その後、Googleや楽天などに籍をおいたほか、経産省 対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなども務める。現在は、シンガポール、バリ島、東京をベースに精力的に活動する。『ITビジネスの原理』(NHK出版、2014)、『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ“これから”の仕事と転職のルール』(ダイヤモンド社、2018)など著書多数。GAFAやBATHと日本企業が戦うための指南書『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』(ダイヤモンド社、共著)を10月に上梓。

取材・文/編集部 撮影/干川 修

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