2019.11.01 [金]

リアルの世界もデジタル化される「アフターデジタル」の時代に 生き残れる企業の条件

アフターデジタル』と題された、一冊の本が注目を集めている。

今、日本では「デジタルトランスフォーメーション」の大号令のもと、多くの企業がビジネスのデジタル化に取り組んでいる。それと同時に、モバイルやIoT、センサーの急速な広がりで、リアルの世界の情報は徐々にデジタルの世界に取り込まれつつある。「アフターデジタル」とはあらゆる情報がデジタル化された、“オフラインのない世界”のことだ。

それはこれまで目に見えなかったリアルな人やモノ、コトの動きがオンラインの様々なデータと結びつき、可視化された世界だ。オフラインとオンラインの境目のない、この新しい世界で生き残るために、私たちは何をどう考えてデジタルトランスフォーメーションに取り組めばいいのか。『アフターデジタル』にはそのためのヒントがちりばめられている。著者のひとりであるビービット 東アジア営業責任者の藤井保文氏に話を聞いた。

中国 平安保険が実践するポジティブな顧客体験としての営業

企業の取り組みという文脈で語られることの多いデジタルトランスフォーメーションだが、先行するエストニアや中国の例を見てもわかるように、今デジタル化によって起こっているのは、社会システムそのものの大きな変革だ。藤井氏はIT評論家 尾原和啓氏と手がけた著書『アフターデジタル』(日経BP社)の中で、この変革の時代に企業が生き残るためにはまず、ビジネスを「いかにデジタル化するか」ではなく、「デジタルを前提に考える」マインドチェンジが必要だと説いている。

「今、これまでは目に見えなかったユーザーの行動が、デジタルデータとなってIDと紐付き始めています。今後蓄積されていくこの膨大な行動データを、うまく活用できない企業は生き残れない……今の中国のように、そういう時代が日本にも必ず来ます。だからデジタルトランスフォーメーションに取り組むなら、まずその立脚点、考え方を変える必要があります。例えば、あるお店があったとして、今はリアルを中心にその付加価値としてECやSNSをどう展開するかを考えていると思いますが、アフターデジタルの世界では、デジタルで顧客とつながっているのは当たり前。その上でリアルのチャネルがあるという考え方に変えなければならない」

リアルとデジタルの主従が逆転したからといって、もちろんリアルなチャネルの重要性が下がるわけではなく、「むしろ感動体験を提供したり、信頼を獲得するための重要な接点になる」と藤井氏。例えば、ECサイトでの閲覧、購買履歴をもとに、リアルな店舗で商品をおすすめするといった「オンラインってエンパワーされたリアル体験の提供」もその一例だ。

例えば、『アフターデジタル』の中では、中国の保険会社である「平安保険」のこんな事例が紹介されている。

平安保険が提供する「グッドドクター」というアプリでは、医師の問診が無料で受けられるほか、医療機関や医師情報の検索や予約ができる。さらに歩数をカウントし、その歩数に応じてポイントが付与される機能も用意されている。平安保険はこのアプリを通じて、ユーザーと常につながる接点を持てるだけでなく、検索や利用履歴からユーザーが健康について、どのような悩みや不安を抱えているかを知り、セールスに活用できるというわけだ。やり方を間違えれば押し売りにもなりかねないが、デジタル化された行動データを活用して、適切なタイミングで適切なコミュニケーションができれば、ユーザーに自分の悩みに寄り添ってくれる保険会社というポジティブな印象になる。営業を効率化しつつ、信頼を高めることもできるというわけだ。

属性ではなく、状況に応じたターゲティングが可能になる

その際に重要になってくるのが、ユーザーの属性ではなく状況を把握してターゲティングすること。「これまではユーザーの属性しかわからなかったんですね。だから例えば、若い女性と年配の男性の欲しいもの絶対に違うだろうというところから、属性にあわせて商品をターゲティングするというやり方をしていました。しかし、アフターデジタルの時代には膨大な行動データから、その人の属性ではなく状況を把握できます。同じ男性でも会社員としての顔もあれば、夫としての顔も、お父さんとしての顔もある中で、状況に応じたターゲティングをし、その人に最適なタイミングで最適なコンテンツを、最適なコミュニケーションで提供できる。平安保険の例のように、こうしたことを全部コントロールできるようになってくるわけです」

属性ではなく、状況にあわせたターゲティングを行なうためには、ユーザーとの接点を点ではなく、線でつなげて考える必要がある。前述の「アフターデジタルの世界では、デジタルで顧客とつながっているのは当たり前」という言葉の中にあった「デジタルでの顧客とのつながり」とは、まさにこの線のことだ。平安保険は「グッドドクター」というアプリを通じてこれを実現しているが、最近増えているサブスクリプション型のサービスも同様の潮流だと藤井氏はいう。アフターデジタルの時代には、商品を売るという1回の接点で終わりではなく、顧客に寄り添い、多くの接点を通じてより良い体験を、継続的に提供できる企業が生き残れるというわけだ。

そのためには「行動データをもとにユーザー体験をより良いものして、そのより良い体験を求めてまた行動データが集まってくるというループを作って、高速で回していくこと」が重要だと藤井氏。平安保険をはじめ、中国で成功している企業がまさに実践していることだ。

「14億もの人達に使ってもらうには、とにかく簡単に使えるだとか、体験上のベネフィットがものすごく重要で、そのためにループをとにかく高速に回して、顧客体験に変換するという流れが作られている。そこには学ばなければいけないことがたくさんあると思います」

中国を激変させた産業構造の変革は日本でも起こるか

その中国では今、ユーザーとの接点を多く持ち、行動データの中でも特に価値の高い「購買データ」を持つAlipay、WeChat Payの2大決済プラットフォーマーがトップに君臨する、新たな産業構造が構築されている。メーカーがトップで、小売店へとモノが流れてくる従来型の産業構造とは、まさに真逆の流れと言えるものだ。

日本でもここ1~2年で多くの決済プラットフォーマーが起ち上がり、キャンペーン合戦を繰り広げているのは周知の通りだが、藤井氏は「日本では中国のような極端なヒエラルキーは生まれない」と予想する。「中国ではAlipayのアリババと、WeChat Payのテンセントが様々なサービスを展開する企業を買収し、有力なプレイヤーはほとんどどちらかの陣営に分かれています。日本には決済プラットフォーマーがたくさんあるし、そこから繋がるビジネスみたいなものも今のところ、あまりアセットとして持ちきれていない」というのがその理由だ。

「平安保険の『グッドドクター』にしても、開発の背景には中国では良い医者を探すのが難しいという負の側面があります。つまり、不自由さを解消するために、アフターデジタル化が一気に進んだという経緯があるんですね。一方で、日本は今のままでも十分に自由で便利ですから、便利だとか役立つだけでなく、企業の打ち出す世界観やライフスタイルの提案といった“意味合い”の方向にテクノロジーを活用するという、独自の方向性に進めると思います。そうすれば、今あるテクノロジーを日本らしい形で活用することができるはずで、そういう企業を支援していきたいですね」


藤井保文氏
株式会社ビービット 東アジア責任者
1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年、ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援。 2014年に台北支社、2017年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス指向企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行なっている。著書に『平安保険グループの衝撃―顧客志向NPS経営のベストプラクティス』を監修、『アフターデジタル』(尾原和啓氏との共著)。「書籍アフターデジタルの更に先の最新情報や解釈を発信する自社セミナー「AFTER DIGITALCAMP」を、著者本人が月に一回実施中。

取材・文/太田百合子 撮影/末安善之

 

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