マスマーケティングの効力が弱まりつつある今、いかに精度の高いパーソナライズ施策を実施できるかは、企業の生き残りを左右するほど重要なポイントだ。データ活用によるパーソナライズ支援を行う企業は多々あるが、なかでも独自の立ち位置を確立しているのが、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)の「Arm Treasure Data CDP」を提供するArmだ。
CDPとは、個人のプライバシーを侵害することなく、オーディエンス情報を交換するDMP(データマネジメントプラットフォーム)と違い、企業が生活者の同意を得た上で保有する生活者情報とPOSデータや位置情報などのセカンド・サードパーティデータをつなぎ合わせて「顧客を理解」できるデータ管理プラットフォームを指す。Arm Treasure Data CDPで生成されたデータは、既存顧客の離反防止などさまざまなパーソナライズ戦略に活用されている。
Armは現在、300社を超えるクライアントを有し、2018年8月にはソフトバンクグループ傘下のArmが Treasure Dataを買収。IT業界で大きな注目を集めた。
企業に個人情報を渡すことはデメリットではない
パーソナライズが進めば、私たち生活者にとって確実に便利な世界が訪れる。一方で、自分の個人情報が企業に利用される点に不安を覚える人も少なくないだろう。個人情報の活用に対し、企業はどのようなスタンスで臨んでいるのか。そして、CDP活用によって、どのような世界が実現されるのか。Armの日本法人の一社であるトレジャーデータ株式会社でマーケティング担当ディレクターを務める堀内健后氏に話を聞いた。
――現在、Arm Treasure Data CDPを利用する企業はどのような業種が多いのでしょうか?
堀内:大手の消費財メーカーなどBtoC企業が多いですね。生活者の行動パターンをより深く理解するため、多くのデータを収集する必要のある業界が中心です。
――それらの企業は、個人情報の取り扱いに対して、かなり慎重な姿勢を取っていますよね。
堀内:クライアントに目を向けると、かなり慎重に個人情報を取り扱っている企業がほとんどですね。CDPを扱うデジタルマーケティング部門と、法務部門、情報システム部門が連携し、しっかりと法令遵守されています。例えば、生活者が許可していないのに、勝手に個人情報が広告配信に利用されるようなことはありません。
――なるほど。では、企業に個人情報を渡すリスクについて、生活者はそれほど不安に思う必要はなくなってきているのでしょうか?
堀内:いや、完全に不安を払拭するのは難しいでしょう。一方で、よく実態を知らないままに「個人情報が不当に扱われるのでは」と不安を募らせ、個人情報を渡さないようにするのは、純粋にもったいないなと思います。自分の情報を渡すことで、高度なパーソナライズサービスを受けられ、生活の利便性が向上するからです。
例えば、Google Mapを活用するためには、自分の位置情報を渡す必要がありますし、Apple Watchのヘルスケア機能も自分の健康データを渡すからこそ価値を発揮する。また、データを渡しているとはちょっとニュアンスが異なりますが、自分のクレジットカードが不正利用されたとき、それまでの決済とは明らかに異なる挙動が発生した際、クレジットカード会社が検知して取引を停止してくれたりもしますよね。
私たちの生活の一部では、個人の情報に基づいたパーソナライズサービスが進んでいるんです。生活者も漠然とした不安を払拭するような透明性の担保と不安を凌駕するようなメリットが提供されるのであれば、自分のデータを渡すことを拒まないはずです。
だからこそ企業側は生活者に対し、事前に「あなたの情報をこのように使います」と説明し、情報活用の許可を得るシステムを構築するべきです。しかし、「許可を取ったか取っていないか」の論争はよくあることです。例えば、ブロックチェーンを導入し、パーミッションの証拠を残しておく、といったやり方で解決を図る企業もいずれ出てくるでしょう。
――逆にいえば、現状は企業側からの説明が不足しているということですよね。要因はどこにあるのでしょうか?
堀内:どのようなデータを取得すべきで、取得したデータをどうすれば活かせるのかを取得前に明確に説明できる担当者が少ないのではないでしょうか? そこは、私たちもサポートし改善していかなければいけない部分です。
――Armとしては、個人情報の取り扱いについてどのようなスタンスを持たれているのでしょうか?
堀内:誤解されやすいところですが、私たちはあくまでデータを収納する「箱」です。確かに、当社のプラットフォームにはクライアント300社のデータが集まっていますが、このデータは当社が保有しているわけではなく、あくまでクライアント企業それぞれのものです。
私たちはクライアントのデータをお預かりし、加工・処理できるようにしているだけです。「データ統合プラットフォーム」という字面から、すべてのデータを当社が統合し、市場に流通させていると思われることもありますが、そういったことをできる立場ではないんですよね。
なので、個人情報をどのように扱うかは、クライアントのスタンスによります。当然、私たちからも情報の取り扱いに関するサポートは個別に行っています。特に、2020年の個人情報保護法改正に対して不安を抱えられている企業が多いので、どのような対応を行えばいいのか、私たちからも情報共有をしています。
合理的すぎるパーソナライズが浸透しない理由とは?
――CDP活用を推進した先には、どのような世界が待っているのでしょうか。
堀内:「誰にとっても豊かな生活」が実現されると思っています。基本的にはパーソナライズによって利便性を追求していきます。一方で、パーソナライズが進みすぎると“気持ち悪い”と思われてしまうこともあるので、便利な生活を超えた豊かな生活になるように留意したいですね。
――「パーソナライズが進みすぎて気持ち悪い」とは、具体的にどういった状態なのでしょうか。
堀内:たとえば、パーソナライズ技術を駆使すれば、店舗にお客様が来店した瞬間に「あなたが探しているのはこの商品ですね」と提案することができるようになるかもしれません。
このような接客方法は間違いなく合理的ですが、実際そのように接客されると、正直気持ち悪いですよね。接客された側は、「なぜ私のほしいものが分かったのか」「ちゃんと自分で選んで買いたいのに」という風に思ってしまう。その感情を無視してパーソナライズを推進しても、誰のためにもなりません。パーソナライズによる心地よさと気持ち悪さのバランスの調整は、この先も大きな課題になると思います。
――「気持ち悪い」と感じるポイントも、時代とともに変わっていきそうですよね。許容範囲が広がっていくというか。
堀内:許容範囲が広がる部分もあれば、逆に狭くなる部分もあると思います。たとえば、「一社に自分の情報をすべて取られるのは嫌だけど、複数社に分担してデータを提供するならよい」といった感覚を持つ人びとは現れるかなと。
ただ、当たり前ですが、ある事象に対してどのような感覚を持つかは人によりけりです。個人情報を利用する際は、すべての人に同意を求めなければいけない一方、すべての人に納得いただける状態に持っていくのは、かなり難しい。すぐ成功する取り組みだとは思っていませんし、クライアント企業やパートナー企業と協力しながら地道に進めていきたいです。
データで効率化を図る企業こそ、「人間味」を忘れてはいけない
–––つまるところ、生活者一人ひとりの気持ちを考えるのが大切だと。
堀内:そうですね。企業は多少なりとも、データ活用によって「儲けたい」「コスト削減したい」という風に考えてしまうと思います。しかし、「自分が同じことをされたとき、どう感じるか」を考え抜いたうえで、データを扱うべきなんです。
――データを扱えば扱うほど、逆に人間味を忘れないようにしなければならないと。
堀内:はい。データを扱う側の人間は、自分にとっての豊かさが何かを考えるのはもちろん、それぞれ異なる「豊かさの定義」を持った人びとのために、サービスを提供することに努めなければいけません。
――一人ひとりに合った豊かさを提供する際に、CDPが活きてくるんですね。
堀内:そうですね。当社のCDPに蓄積されているデータは、様々な可能性を秘めており、あらゆるパーソナライズ施策が考えられますが、絶対に忘れてはならないのが「生活者一人ひとりにどのようなメリットを提供できるのか」という視点。この視点を維持しながら、クライアントと共にデータ活用の可能性を切り拓いていきたいですね。
堀内健后氏
トレジャーデータ株式会社 マーケティング担当ディレクター。
トレジャーデータの日本法人設立当初の2013年2月より日本の事業展開に従事しており、デジタルマーケティング領域やIoT領域の事業開発やソリューション開発に強みをもちながらマーケティングを担当している。B2Bマーケティングにもデジタルを積極的に持ち込み、マーケティングオートメーションの活用から、イベント・セミナーなどのオフラインも活用したマーケティングも実施している。 トレジャーデータ以前は、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(現 日本アイ・ビー・エム株式会社)にて、業務改革、システム改革のプロジェクトに参画。その後、マネックスグループにて、顧客向けWebサービスの企画・開発のプロジェクトマネージャーを担当していた。外資企業から日本企業、大企業からスタートアップなど様々な環境で幅広くキャリアを経験している。
取材・文/水落絵理香(モメンタム・ホース) 編集・撮影/岡島たくみ(同)