2019.10.25 [金]

モノにもコトにも価値はなくなり、 “関係”重視の「ピア経済」が到来する

仮想通貨バブルが弾け、新しい「お金」に対する過剰なまでの期待は鳴りを潜めている一方、キャッシュレス化やブロックチェーンの社会実装が進むなど、新たな経済システムの萌芽も着実に現われはじめている。

「お金」にまつわるニュースが目まぐるしく飛び交うなかで、私たちはどういったスタンスを取り、資本主義社会と向き合っていけばよいのか。そんな疑問へのヒントを探るべく、2017年12月に刊行された『新しい時代のお金の教科書』の著者であり、事業創造ファームのブルー・マーリン・パートナーズ株式会社代表取締役を務める、思想家/事業家の山口揚平さんに話を伺った。

山口さんは、「お金」を取り巻く現状について、「法定通貨への揺り戻しが起こる一方、“関係”重視の『ピア経済』化が進行している」と分析する。「情報」に価値がなくなっていく中で、ビジネスの世界の外部にも目を向け、「品位」を持って幸福を追求するための生き方とは?

仮想通貨バブルが終わり、「法定通貨」への揺り戻しが起こっている

――山口さんは、『新しい時代のお金の教科書』の中で、「いずれお金はなくなる」と論じられています。刊行から1年半あまり経ったいま、仮想通貨バブルが崩壊し、ブロックチェーンへの過剰な期待も落ち着くなど、「お金」を取り巻く現状も変わってきている印象を受けますが、「お金はなくなる」という展望に変化はありましたか?


山口:
基本的な考え方は変わっていません。たしかに表面上はビットコインの価格が上下したりしていますが、その他のアルトコインも含めた暗号資産やブロックチェーン技術など、従来の貨幣経済とは異なるかたちでの「非貨幣経済」は、水面下でじわじわと進化し続けています。

一方で、ここ数年は暗号資産をはじめとした新しいタイプのお金から、昔ながらのお金への揺り戻しも起こっているように見えます。年金2,000万円問題などが典型例ですが、法定通貨の価値に改めてスポットライトが当たるようになっているんです。

――「非貨幣経済」化が進行しつつも、トレンドとしては、従来型の「お金」が再び注目を集めはじめていると。

山口:今は「信用」の価値が問い直されている時代だといえます。

2000年代までの「お金はお金だ」といった通念から、「お金だけでなく、評価が大事だ」といった評価経済の考え方、そして「お金は信用に裏付けられている」と考える貨幣信用論を経て、現在では「信用の背景には何があるのか?」が問い直されています。信用は価値の蓄積であり、その価値は時間によって、そしてその時間は健康によって生み出される――そんな風に、「信用」を深掘りする動きが活発に起こりはじめているんです。

一方で、これまで法定通貨にのみ反映されていた「信用」を、暗号資産から時間通貨、記帳経済など、さまざまな「お金」に分散させていく動きも出てきました。この流れの中でも、現在はまた法定通貨の側に揺り戻しが来ているというわけです。

――「お金」のあり方だけでなく、人びとが価値を感じる対象にも「揺り戻し」が起こっているように見えます。「『モノ』から『コト』へ」という大きな変化が起こりつつも、改めて書籍や雑誌の価値に注目する人が現れたりと、「モノ」への揺り戻しも起こっていると思うんです。

山口:揺り戻しは起こっていると思います。長い目で見ると、人びとが欲しがるものが洋服や車から「いいね」やフォロワーに変わってきてはいると思いますが、「モノ」の価値が高まっている事象も見られるのは事実です。

最近アフリカとスペイン、モロッコに行ってきたのですが、物価が高くて驚きました。「海外はモノが安い」というイメージは間違いで、日本の方が全然安い。ここ20年で国内の物価はほとんど上がっていないんです。日本に比べて、海外では物価も賃金も上がっている。

――そうした動きも前提とすると、今後は「モノ」と「コト」、どちらの価値が高まっていくと思いますか?

山口:モノやコトではなく、「関係」の価値が高まっていくでしょう。洋服や車でも、「いいね」やフォロワー数でもなく、「好きな人と、好きなときに、好きなだけいる」ことが価値を持つようになっていく。このように「関係」が財になる流れを、僕は「ピア経済」と呼んでいます。SNSの登場にもその萌芽がありましたが、婚活ブームや、シェアハウスのような擬似家族的な形態が普及していることも、すべてピア経済化の進行を現しています。

ピア経済においては、お金よりも「時間」が大切になる。お金を払って何かを受け取るのではなく、時間をシェアすることで、関係がつくり出されるからです。売り手から買い手に一方通行で価値が流れていくのではなく、関係するすべての人が価値の出し手になるんです。

“意識”偏重のピア経済では、仲間の「量」と「質」が幸福度を決める

――ピア経済について、もう少し突っ込んでお伺いしたいです。なぜ人びとは、「関係」に価値を求めるようになるのでしょう?

山口:「情報」の価値が下がっているからだと思います。人びとがやり取りする対象には、「情報」レベルのものと、「意識」レベルのものがあります。「情報」は基本的にSlackなどのチャットツールを使ってテキストで表現すれば伝わりますが、「意識」は対面で話さなければ伝わりません。

もっとも、両者は厳密には同じもので、「意識」が固体化したものを「情報」と呼んでいるだけです。「意識」が固まっている度合いに応じて、最適な伝達手段も変わってきます。ほぼ完全に固まっているものはテキストで伝わりますが、ある程度コンテキストも共有する必要があればZoomなどのビデオ会議ツール、さらに深い文脈を伝えるなら対面と、人は伝える対象に応じてコミュニケーション手段を使い分けています。

そして、人びとはもう「情報」に飽きていると思うんです。Google検索も、マップなどを除いて、使わなくなってきていますよね。

――たしかに、若い人ほど、GoogleではなくInstagramで検索する傾向もありますよね。人類は今後、固定化された「情報」よりも、流動化された「意識」に関心を持つようになっていくと。

山口:
情報はどんどんAIやロボットが処理してくれるようになりますからね。コンテンツも面白いものがないし、人はコンテキストでしか楽しめなくなっているんです。
もちろん今も、ヒットするコンテンツはあります。ただし、例えば昔のプラモデルのように、モノそのものを楽しんでいるわけではない。そのコンテンツについて、人と話すことを楽しんでいるんです。作品が、コンテンツというより、メディアとして機能しているんです。

――意識レベルでのコミュニケーション欲求については、どういった手段で満たしていくことになるのでしょうか?

山口:シンプルに「人といる」ことでしょうね。その際、「誰といるか」が大事になります。幸せとは「孤独ではない」ことだと思うのですが、一緒にいる人の「質」と「量」に、幸福度が左右されていくはずです。だから、シェアハウスやホワイト企業、さらには家族やパブリックスクールなど、自分の居場所を見つけることが大切になります。

――やや下火になってきた印象もありますが、オンラインサロンブームも「人といる」ことを求めて起きているように見えます。

山口:オンラインサロンは、どちらかといえばピラミッド型の経済システムで、対等な関係性が担保されているピア経済とは別物だと思います。サロンを主催するインフルエンサーがいて、その人に近づきたいと思って参加する時点で、参加者は自分自身を「下」として捉えてしまう。一人ひとりが「インフルエンサーに近づくために、上に立ちたい」と思っているので、厳密な意味で「仲間」をつくろうとしているわけではない。

もちろん、そうした関係性でも、ある程度は孤独を癒せます。しかし、「質」の良い関係性に発展させるのは簡単ではないと思います。お金を取られている時点で、主催者と参加者の関係性が切り分けられてしまっているんです。

「商」の世界でトップを目指しても幸せにはなれない。「品位」を獲得するためには?

――ピア経済化が進行する一方で、近年では「SNS疲れ」が問題になるなど、人びとが「関係」に疲れてきている印象もあります。

山口:「関係」そのものではなく、コミュニケーションの性質に疲れているのだと思います。まず、コミュニケーションの薄さ。SNSは、お金のように薄い情報をやりとりするので、その厚みのなさに辟易してしまう人が多いのでしょう。

次に、コミュニケーションの量。1日に100通以上、LINEメッセージをさばいている人も珍しくありませんが、これは本来、異常な量です。疲れるのも当然ですよね。
そして、コミュニケーションの相手。「メンヘラ」という言葉の登場から端的に読み取れますが、やりとりしている相手が「ブラック」で、嫌になってしまっているんですよ。

――なるほど。裏を返せば、適切な相手と、適度に厚みのあるコミュニケーションを取ることが大事だと。

山口:おっしゃる通りです。だからこそ、アナログなコミュニケーションが大切になる。

そもそも、普通の健康な人は、FacebookもInstagramもそこまでやっていないですよ。渋谷区・港区・千代田区の、いわゆる“界隈”の人たちが、勝手に過剰なSNSコミュニケーションを取り、勝手に疲れているだけ。家庭でも擬似家族でもパートナーでもいいから、一緒に居心地の良い相手を選び、ピア経済を構築すればいいだけなんですよ。

ヨーロッパのいわゆるインテリの人たちは、みんなそのことを分かっている。たとえばイビサ島やマヨルカ島に行くと、誰もチャットなんかやっていない。自然と戯れ、自分が好きな相手とほどほどにコミュニケーションを取りながら、Kindleで本を読んでいる。

――そうした適度なコミュニケーションが、日本ではあまり実践されていないと。

山口:目指している地点が逆ですからね。みんな自分の金儲けのことばかり考えて、異常な量のメッセージをやり取りしながら、インフルエンサーを目指している。品性がないんですよ。

お金のピラミッドと、社会のピラミッドは違うんです。「士農工商」でも、「商」が一番下だった。それにも関わらず、今はみんなが「商」のトップを目指している。職人として生きる人、自然のリズムで生きる人、ノブレスオブリージュ精神で国家的な志に燃える人が、かなり少ない。一番下の「商」の中でピラミッドをつくっているけど、それだと結局「食べていける分だけちょこっと稼ぐ」くらいにしか行き着かないんですよ。

お金は、社会的なインフラにすぎません。誰が使うかによって価値が決まるし、使えば使うほど価値は下がる。お金の価値を高めるためには、品性を持って、お金を「使わない」のが一番なんですよ。

――『新しい時代のお金の教科書』には、資本主義から逃げるのではなく、対峙したうえでベストな選択肢を模索することが提唱されていました。資本主義に背を向けることなく、今おっしゃったように「品位」も高めていく。一見、逆説的なこの状態を実現するには、どうすれば良いと思いますか?

山口:その問題は、僕には解けないですね(笑)。自分でもできているとは思わないし、その答えを探すために、日々考え、行動しています。

世界を見渡せば、ビル・ゲイツなど、この問いに対する「答え」に近づいている人はいます。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、毎年、数千億円の資金を投下し、マッキンゼー社員よりも優秀な人びとを5,000人集め、社会課題の解決に取り組んでいますからね。

ただ、本質的にビジネスは人のつながりを無機化し、孤独を促進する営みです。だからこそ、ビジネスと幸福の追求を両立するのは難しいんです。

山口揚平
ブルー・マーリン・パートナーズ代表。1999年より大手コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの数多くの大手企業再生に携わった後、独立・起業。現在は、コンサルティング会社をはじめ、複数の事業・会社を運営する傍ら、執筆・講演活動にも勤しんでいる。専門は貨幣論・情報化社会論である。『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)、『新しい時代のお金の教科書』(筑摩書房)など著作多数。

取材・文/小池真幸(モメンタム・ホース) 編集・撮影/岡島たくみ(同)

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