2019.10.24 [木]

ブロックチェーン活用の鍵は企業間の協業、 信用コストを下げ、透明性の高い社会を実現できる

Microsoftの業務用クラウドプラットフォーム「Azure」では、数年前からブロックチェーンのソリューションを提供している。なかでも導入例が増えているのは、複数の組織にまたがったコンソーシアム型。それにより、業務の効率化や信用コストが下がるばかりではなく、社会にインパクトを与えるイノベーションを生み出すことができるという。今回は、日本マイクロソフト社で企業のブロックチェーン導入をサポートするキーパーソンたちに話を聞いた。

MicrosoftのAzureは、世界最大の54リージョン、地球を64周する世界最大規模のNetwork、ハイブリッドクラウドを実現する130以上の接続ポイントで、運用されている。ちなみに、日本では東日本と西日本の2リージョンで提供中。ブロックチェーンを東日本と西日本で同時稼働させて、堅牢なインフラを作ることができる。

業種をまたいでコンソーシアムを作れば企業の働き方改革が実現できる

ウェブアプリケーションなどのシステム開発工程で、それを利用可能にする工程を“デプロイする”という。日本マイクロソフトには、ブロックチェーンの専門家で“デプロイ王子”の異名で知られるエンジニアがいる。同社のクラウドサービスAzureの担当であり、最近はブロックチェーン技術のエヴァンジェリスト的な活動もしている、インテリジェントクラウド統括本部の廣瀬一海氏である。

日本マイクロソフト インテリジェントクラウド統括本部 廣瀬一海氏

「ブロックチェーンは、互いに透明性が高く、真正性のある共有場所を作る技術です。今、企業が注目し始めているのは、コンソーシアム型の利用方法です。Azure上ではすでに400くらいのプロジェクトでブロックチェーンが活用されており、これは2018年頃から急増しています。
今後、企業が業種をまたいでコンソーシアムを作り、ブロックチェーンを活用していくことで、業務が効率化されたり、イノベーションが起こっていくと思います。私は、これを“企業の働き方改革”と呼んでいます」

廣瀬氏によると、企業がブロックチェーンを活用するケースは4つに大別できるという。1つ目は、製造業や農産物などのトレーサビリティ。2つ目は、金融系のトレードファイナンスで、輸出入の管理業務など。3つ目は、信頼できる情報源を皆で共有する証券取引所の板情報のようなもの。そして、4つ目は、1枚1枚には、さほど価値はないけれど、非効率な業務を生んでいるもの。例えば、納品伝票、産業廃棄物に必要なマニフェスト、医療機関から出される処方箋など。現在これらは、他者に渡すので、紙に印刷された状態で扱っているが、これを受け取った側では手入力をしていることが少なくない。

廣瀬氏は、「私が書いた字が雑だったのか、保険証の住所が間違っていました」と人の作業が介在しているがゆえに発生するミスや、効率性の悪さを挙げながら、1社1社が垣根を超えて業務効率化を目指そうとすれば、劇的に改善が期待できる。これが廣瀬氏のいう“企業の働き方改革”である。


廣瀬氏が挙げた4つの例。異なる企業間でビジネスプロセスを行なうトレーサビリティ、複数の企業が協力して一つのデータ処理を行なうトレードファイナンス、信頼できる一つの情報源を中継する証券取引所、低価値の手作業データ検証手順を伴う伝票処理などで、ブロックチェーンの活用が期待される。
「国をまたがってグローバル展開する大企業のような例外はありますが、日本の一般的な本社と支社のような規模では、必ずしもブロックチェーンの特徴を活かし切れないかもしれません。むしろ、従来のデータベースでも十分というケースが少なくない。

企業でITの導入が進んで来ましたが、まだ効率を上げられる余地はたくさんある。そのひとつが複数の企業をまたがったITの活用で、その際にブロックチェーンの技術は有効です。今までとはまったく違うアプローチや思考方法で、ITの活用を考えていくと、さまざまイノベーションが生まれます。例えば、取引のある企業と、その先のサプライチェーンで考えていくと、従来とは違う業務効率が考えられるはずです。
これは個人的な見解ですが、日本は今後オールジャパンで連携して、生産性を高めていくことで、世界との競争と向き合えば、まだまだチャンスは広がると思っています」(廣瀬氏)

廣瀬氏が、企業間を跨いだ取り組みとして具体的に挙げるのは、HR(Human Resources)と呼ばれる人材分野の領域だ。すでにブロックチェーン技術などに強みを持つSKILL社とMicrosoftはコンソーシアム型のブロックチェーン実装に向けて共同検証を開始すると発表している。このプロジェクトには、エン・ジャパンが参画を表明しているほか、有力人材情報会社からの問い合わせも入っているという。

信用コストを下げて、透明性の高い社会へ

そして今、ブロックチェーンの分野に優秀なリードエンジニアが集まり始めている。Microsoftでスタートアップの支援業務などを行なう原 浩二氏は、次のような印象を話す。「これまでウェブ開発をやっているような人たちが、ブロックチェーンの領域に移って来ている印象がします。ある時期、東大からメガバンクなど大手有力企業に就職するのではなく、ビットバレー系のITベンチャーを選ぶ流れがありました。そうしたペルソナの方たちが、今度はブロックチェーンが面白いんじゃないかといった感じで移ってきている。すごく技術力があり、次にどうしようかという感じで、新しいことが生まれそうな予感がしています」

日本マイクロソフト コーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 デジタルネイティブ担当部長 原 浩二氏

Microsoftが協業をしているスタートアップの一例。Microsoftでは、ブロックチェーンでビジネスをしたい企業と、ブロックチェーンの技術を持つスタートアップのマッチングを行ない、この分野がエコシステムとして成長する視点で、取り組みを行なっている。

廣瀬氏や原氏と連携して動いているマーケティング担当の金本泰裕氏も同じような印象を持つそうだ。

「まだ、世の中にはブロックチェーン技術に対して懐疑的な印象を持つ人がいるなかで、一部の優秀な方には、このテクノロジーの可能性や素晴らしさが見えているようです。それは、インターネットの黎明期に、その可能性を信じて参入した方々のパッションが一大市場を生んだのと非常に類似していると思うんです」

日本マイクロソフトマーケティング&オペレーション部門 Azureビジネス本部 クラウドネイティブ&デベロパーマーケティング部 プロダクトマーケティングマネージャー 金本泰裕氏

例えばHR分野については、次のような課題が、Azureのコンソーシアム型ブロックチェーンで解決されようとしている。
「日本ではあまり多くないので問題が顕在化していませんが、海外では転職時に資格や経歴などの詐称が少なくありません。そういった情報の真偽を確認するのは非常に手間のかかる作業ですが、ブロックチェーンを使えば、そういう信用コストを下げられる可能性がある。信用コストが下がることで、透明性の高い社会が実現し、努力が正当に評価されるようになると思うのです」(金本氏)

この「信用コストを下げる」というのは、ブロックチェーンを導入していく時にキーワードとなるベネフィットだろう。日本では、信用コストをかけるのが常識なので、そこに多大なコストがかかっていること自体に気づいていないのかもしれない。あの組織の人ならば、変なことはしないでしょ、日本人なら、悪いことをしないでしょ、といった刷り込みもあるだろう。「IT導入の際、そのシステムを入れるか入れないかで考えると、意外とコストがあまり変わらなかったり、むしろ高くなるような感じられることがあります。そういう時に信用コストをかけることを前提に動いていることがありませんか、と提案することがあります。ブロックチェーンは、改ざんされにくいシステムを構築することができるので、信用コストで比較すると、業務改善できるようなところがたくさんあるはずです」(原氏)

少し乱暴な表現かもしれないが、信用コストとは、端的にいうと、プロセスに人が関わること。それによって品質が担保できたり、リスクを回避できる部分もある一方で、ヒューマンエラーを生み、それが全体で大きなコスト負担になっているという両面性がある。人が介在しなくても、ブロックチェーンを使えば技術的に信用を担保できるので、大幅な見直しが可能になるというわけだ。

「(デンマークの海運コングロマリットの)MAERSKが中心になったコンソーシアムでは、こんな活用が進んでいます。海運では、そのルートの一番危険なところに合わせて保険をかけていて、例えば、シンガポールから日本への航行では、マラッカ海峡が危険だそうです。そこでGPSの位置情報を利用して、出港時は安い保険で出港し、危険海域に入るタイミングでブロックチェーンのスマートコントラクトにより保険を更新できる仕組みを用意しました。その海域を抜けたときもGPSで捕捉ができるので、互いに透明性を持ちあって契約が交わせる。こうなると、海運保険を扱う保険会社も、このコンソーシアムに入ってくるという相乗効果が現れています。

ブロックチェーンは競争分野的に捉えられがちで、いち早くブロックチェーンを使って何かをやらなければとなりがちですが、技術の本質からすると、コンソーシアム型においては協業分野なんです。なので、チームジャパンを作って社会をどう良くできるか、そのために異業種と連携し、日本ならではのクオリティで海外に出ていくことを私たちは応援していきたいんです」(廣瀬氏)

Microsoftでは、Azureで提供しているブロックチェーンをOffice製品などと連携することも提案している。例えば、Outlookで受信したメールの添付ファイルを、通常はデータベースと参照して活用するが、改ざん性や追跡性を求めるときにはブロックチェーンを参照するなどの使いわけが可能など、身近な業務で活かすソリューションを揃えているという。

同社のようなビジネスシーンにソリューションを提供しているプレーヤーによって、本格的にブロックチェーンの導入が進めば、思っている以上に早く社会は変わっていくのかもしれない。

Azureで提供するブロックチェーンは、各種Microsoft製品と連携できることも強みと話す廣瀬一海氏(写真左)、 原 浩二氏(写真中央)、金本泰裕氏(写真右)。

取材・文/編集部 撮影/関口佳代

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