2019.10.18 [金]

マスなき時代のマーケティングには、ブロックチェーンが必要だ。——博報堂が考える“トライブ化する社会”の歩き方

イロモノからホンモノへと姿を変え、身近な存在となったビットコインなどの暗号資産。数年前まではなかった“仮想通貨”という概念を生み出したのが、ブロックチェーン技術だ。
様々な用途が検討されるブロックチェーンは、日本を代表する大企業も注目している。その好例が、博報堂が展開する新規事業「HAKUHODO Blockchain Initiative」(以下、HBI)だ。広告業界をリードする同社は、ブロックチェーンを活用した新規事業開発に挑む。

プロジェクト発足の背景から、消費者行動が今後どのように変化していくのかまで、HBIを推進する伊藤佑介氏と加藤喬大氏に話を伺った。

広告の“信頼度”という新しい基準。博報堂が今、ブロックチェーンに投資する理由

—— まずは、HBI発足の経緯についてお伺いさせてください。

伊藤:博報堂は現在、マーケティングのプロから事業開発のプロへと転換していくフェーズにあります。それを推進するプロジェクトのひとつがHBIです。HBIとは、ブロックチェーン技術の活用やトークンコミュニティ形成に関連したビジネス開発を支援する事業。ブロックチェーンの社会実装を武器に、これからの博報堂の主力事業に育てていきたいと考えています。

—— HBIでは、具体的にどのような事業を行っているのでしょうか?

 

加藤:いつか訪れる“インターネット・オブ・バリュー”(インターネットを通じて、金融資産をはじめとするあらゆる「価値」の交換が瞬時に実行できるシステム)の世界観を描いています。そのエコシステムには「価値を創り出す」「価値を送る」「価値を交換する」「価値を受け取る」等の役割を担うプレイヤーが出現するはずです。そのなかで僕たちがどの役割を担えるか、また各役割をつなぐことでどれだけ業界で存在感を出せるかの勝負だと思っています。

例えば、トークンとして実装されたデジタルアセットを、リアルタイムで番組を視聴している生活者に対して一斉に配布できるサービス「TokenCastMedia(トークン・キャスト・メディア)」など。これは「価値を送る」ためのサービスです。メディアを「情報を伝える」だけではない、「価値を送る」存在と捉えた実証実験です。

クライアント様向けの事業としては、ブロックチェーン技術を活用したコミュニティ創出の支援をしております。

今、なぜコミュニティのことを自分が考えているかというと、広告に「信頼度」という基準があると考えているからです。実は、デジタル広告は信頼度が高くないと言われています。大きなリーチを取る点では優れていますが、「この広告を信頼しますか?」という問いには多くの人が「No」と答える。

一方で、自分が知る第三者からのレコメンドを信頼する人たちは、9割を超えます。そういした事実を鑑みれば、共通の価値観を持つコミュニティを企業が創り出し、そこへ広告を出稿することは理にかなっています。このようなコミュニティをブロックチェーンを通して社会に実装できないか、と試みているのです。

ブロックチェーンは「分断」の時代のビジネスに不可欠な存在

—— 企業のマーケティング活動に、なぜブロックチェーン技術が有効なのでしょうか?

加藤:結論より先に、まずはマーケティング業界で起こっている変化についてお話しさせてください。かつては「一つの物がよく売れる時代」でしたが、現在は物が溢れかえり、100万人に売れるプロダクトをつくることが難しくなっています。同じ売り上げを生むには、1万人に売れるプロダクトを100個つくることを考えた方が合理的な時代です。

そうなったのは、もう「マス」という概念が存在しないからです。SNSで共通の価値観を持った人たちが自由につながるようになり、「価値観の集合体」=コミュニティが部族のように次々と生まれ、マスが“トライブ化”している。つまり、無数のコミュニティそれぞれが持つ文脈に対して訴求していくことこそが、昨今のマーケティングなんです。

同じ思想を持つコミュニティが誕生すると、そこには経済圏が生まれます。ビットコインが非常に分かりやすい例です。中央銀行が金融緩和をすることで、自分が持つお金の価値が薄まってしまうように、中央集権的な仕組みで自分たちの信用の濃淡が変化することへの強烈なアンチテーゼから、ビットコインが誕生しました。ブロックチェーン技術を活用して、コミュニティ内で信用創造し、今現在も、共通の価値観(=中央銀行的な金融施策からの解放)を持ってコミュニティが動いている、というのは本当に面白くて感動できるところです。


伊藤:私の仮説では、分断が加速していく流れはますます進んでいきます。私はよくブロックチェーンについて学ぶワークショップに参加し、参加者とともに活用方法を議論しています。すると、どのワークショップでも、地域や共通の趣味など、狭いコミュニティのなかでの活用方法が提案される。誰にでも利用できる通貨ではなく、ある程度限定された使い方を望む人が非常に多いのです。

一体なぜ、そうした現象が起きるのでしょうか。私は、便利になりすぎたお金に、誰もが「逆説的な物足りなさ」を感じ、ある種の「揺り戻し」が起きているからではないかと思っています。

お金は元来、助け合うためのツールでした。海に住む人が普段食べられない山の幸を、山に住んでいる人が普段食べられない海の幸を食べるために、価値移転の手段として、お金は存在していたのです。しかし、現在のお金は、権力者が発行する便利なツール。根本にある助け合いの精神が薄れていて、本来の意義を見出しづらくなっているように、私の目には映ります。そうした事実から、ブロックチェーンを通じた価値移転や、通貨のあり方を考えると、多くの人が狭いコミュニティでの活用を思案するのではないでしょうか。

ブロックチェーンの主語は「企業」ではなく「生活者」

—— 非常に興味深いお話ですね。ブロックチェーン技術の普及によって小さな経済圏が増えて行く場合、企業のマーケティング活動は、どのように変化していくべきなのでしょうか。

 

加藤:ビットコインを例に考えると、主語が「生活者」であることに気づきます。ビットコインは、どこかの企業が意図を持って生み出したものではありません。共通の価値観を持つ生活者がコミュニティを形成し、そこから自然発生的に貨幣を代替する手段が誕生し、世の中へ広がっていったんです。
その事実を鑑みれば、主語が企業側にあるマーケティングの在り方は、ブロックチェーンとは相性が悪いのかもしれない。これはまだまだ議論の途中ではありますが、HBIではその前提に立って事業を開発していくつもりです。

例えば、ある共通の価値観でつながったコミュニティを僕らが生み出し、そこに企業が加わって、支援していく仕組みはどうでしょうか。コミュニティがこれまでの「媒体の枠」になっていくようなイメージですね。企業が主導していたマーケティングの方法も、大きく変化していくと思います。

—— 今後HBIでは、どのような挑戦をされていくのでしょうか。

加藤:「株式会社ではできないようなこと」を考えることが、かえって成果につながっていくのはないかと思っています。というのも、ブロックチェーンの世界で大きな信用を創造してきたのは、法人ではなく、個人であり、小さな灯が大きなムーブメントになっていったという歴史があるからです。

代表例は、ビットコインを生み出したサトシナカモトと、イーサリアムを生み出したヴィタリック・ブテリン。共通の価値観で人々を集め、惹きつけ、信用創造し、信用は通貨発行益として価値移転され、彼らは巨万の富を得たと思われます。

私たちも、まず第一に「生活者を強く結び付ける共通の価値観になり得る切り口かどうか」を意識して、ブロックチェーンによるコミュニティを創りたいと思っています。

Facebookが新たな仮想通貨Libra(リブラ)を発行し、それを利用するためのデジタルウォレット「Calibra」(カリブラ)を発表したように、今年は社会実装の年。ブロックチェーン業界に、急速な成長が訪れる、いわば“ドッグイヤー”になると思うので、一日一日頑張っていきたいと思います。


伊藤佑介氏(左)
2008年にシステムインテグレーション企業を退職後、博報堂にて営業としてデジタルマーケティングを担当。2013年から博報堂DYホールディングスに出向し、デジタルマーケティング領域のシステムの開発~運用に従事。2016年から広告・マーケティング・コミュニケーション領域のブロックチェーン活用の研究に取り組み、2018年9月より博報堂ブロックチェーン・イニシアティブとして活動を開始。「トークンコミュニティ・アナライザー」「CollectableAD」「TokenCastMedia」など次々とブロックチェーンサービスを開発し、様々なブロックチェーンベンチャーとコラボレーションしてブロックチェーンの社会実装に取り組んでいる。

加藤喬大氏(右)
1991年6月4日生まれ。2014年博報堂入社後、化粧品メーカー、飲料メーカー等大手クライアントの担当を経て、現在、博報堂ビジネス開発局 兼 Hakuhodo Blockchain Initiativeのメンバーとして、ブロックチェーンの社会実装や、スマートシティ、地域コミュニティの創出等の領域に取り組む。

取材・文・撮影/モメンタム・ホース

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