世界で初めてMicrosoftのソフトウェアを起動することに成功したコンピューター「Altair 8800」が誕生したのが1974年。インターネット・プロトコル・スイートが標準化され、インターネットという概念が提唱されたのが1982年。技術革命により、私たちの生活は大きく変化してきた。そして現在、“第3のIT革命”とも称されるブロックチェーン技術の誕生により、さらなる地殻変動が起きようとしている。
来たる令和元年、働き方や教育の在り方、ありとあらゆる“常識”がアップデートされるこの時代に、私たちはどのように学び、働き、生きていけば良いのだろうか。
2011年〜2015と約5年に渡りGoogleで人材開発を担当し、現在「誰もが自身のタレントを最大限に発揮できる組織づくり」を支援するプロノイア・グループ代表取締役のピョートル・フェリクス・グジバチ氏は「意図的な脱皮をしなければ、生き残ることができない」と語る。
激動の令和時代を生き抜く人材の在り方について、社会の変動と個人が持つべきマインドセットについて、お話を伺った。
「企業と個人」、「企業と企業」の関係性が大きく変化する時代
—— 大手日本企業でも副業が解禁されるなど、現在日本では「働き方」に大きな変化が生まれていると思います。「終身雇用制度が制度疲労を起こしている」といったニュースもありますが、ピョートルさんが注目されている変化はありますか?
企業と個人の関係性に、大きな変化が起きていると感じます。これまでの日本は「自前主義」――つまり、企業内で全てを完結させる事業のつくり方が一般的でした。しかし現在、インターネットのフラット化により、時代が加速度的に変化しています。自社のリソースだけでは、時代の変化に取り残されてしまうのです。
知見のある人材や他企業とパートナーシップを結んだ方が、圧倒的に早く、大きなビジネスを生み出すことができる。コアメンバーは正社員で、特定の分野に長けた人材に副業として参画してもらい、知見のあるフリーランサーにアドバイザーとして意見をもらう…など、オープンな形で動いていかないと、問題解決ができなくなっていきます。
そうした事実を踏まえれば、正社員と副業の二足のわらじ、フリーランサーといったように、一つの会社だけで働くのではなく、複数の仕事を同時並行で進めていく働き方が常識になっていくと思います。
—— イノベーションを生むためには、柔軟な働き方を認めなければいけないということですね。
おっしゃる通りです。また企業と個人の関係性がそうであるように、今後は企業間の関係性も変化していくと思います。例えばこれまで、「下請け」という考え方が非常に重要でした。要するに、物が売れる時代は「発注元が言った通りに納品する」ことが大事だったわけです。
しかし、その関係性のままでは、新しいビジネスは生まれません。もし下請け企業が発注元の知らない知識を持っていても、「この通りに納品してくれ」の一方通行では、知識をシェアする機会がありません。
今後は発注者と下請けといった“縦の関係性”ではなく、パートナーとしてビジネスをつくる“横の関係性”が求められると思います。平等な関係でビジネスをしていれば、イノベーションが起こる確率が高まる。アナログの世界であれ、テクノロジーの世界であれ、「誰かと一緒にやる」という、人を巻き込んだビジネスの在り方を目指すべきです。
今後求められるのは、“意図的な脱皮”ができる人材
—— 企業と個人の関係性が変化していくと、生き残る人材の定義も変化していきそうです。
ブロックチェーン技術が注目されていますよね。私たちの働き方にどのような変化をもたらすかというと、組織に所属せずとも、個人が持つ価値が発揮しやすくなります。
例えばゲーム業界でいうと、ブロックチェーン技術の導入により、個人が開発したゲームが模倣されることなく、その仕組み自体がお金を生み続けている。こうした動きは、ゲーム業界に限らずさまざまな環境でも導入されていくでしょう。
YouTuberやインスタグラマーといったインフルエンサーは、まさにそうした世界です。自分が発信するコンテンツが価値を持ち、評価され、お金になる。
—— これからの時代、ピョートルさんが考える「社会に求められる人材」とは、どのような能力を持った人でしょうか。
成長意欲と学習能力を持った人材です。現状に甘んじることなく、周囲よりも厳しい状況を自らに課し、意図的に脱皮することが大事だと思います。この考え方は僕がいた当時のGoogleの採用基準に似ていて、“T型人材”が評価されるということです。T型人材とは、深い専門性を持っていながら、知的好奇心が強く、幅広い知識も兼ね備えている人材です。
T型人材になるためには、まずやってみる姿勢が大事。例えば営業を学びたいと思ったら、自分が持っているものを誰かに売ればいい。そうやってアクションを起こす力がないと、知識やスキルが身につきません。「私には向いていない」といった自己暗示をかけ、やらない理由を探しているようでは、生き残ることが難しい時代になっていきます。
—— しかし、そもそも専門性を持っていない人も少なくありませんよね。
確かにそうですよね。特に大手日本企業で働く人材には、そうした傾向が強くあります。企業規模が大きくなると、バリューチェーンの一側面しか見ることができず、ビジネスがどのように成立しているのかを知らないまま働くことになります。なぜ会社の方針がこうなっていて、どうしてこの意思決定をしているのかという、根本が理解できていない。
例えば、顧客と直接対面したことのない人材が、商品開発に従事していることも“あるある”ですよね。それでは、これからの時代で生き抜いていくための市場価値が育ちません。その事実を理解したうえで、自分の市場価値を高めていく意識を持たなければいけません。
パフォーマンスを高めるために、まずは自らの「感情」をコントロールすべし
—— 加速度的に変化する時代、私たちが生き残っていくために、ピョートルさんからアドバイスをいただきたいです。
まず、自分の強みを活かすことがとても重要です。そのためには、自分の強みを早い段階で見極めることが必要になります。生まれつきの遺伝的な強み——例えば、音楽のセンスに恵まれていたり、語学のセンスに恵まれていたりといった特殊な強みもありますが、大半の場合、「自分の強みは、感情の強さに比例する」と思ってください。
感情とは、物理的なエネルギーです。ポジティブな感情を持っていれば、人のパフォーマンスは向上します。逆に、ネガティブな感情を持っていると、パフォーマンスが下がる。
無我夢中になっていたり、猛烈に怒っていたり、感情のベクトルがはっきりしているほど、パフォーマンスが向上しやすい。よく経営者が「絶対にこの課題を解決する」と我武者羅に問題解決に挑むシチュエーションを見かけますが、そうした人たちはやはり成功する確率が高い。
—— なるほど、成功には感情のコントロールも重要なんですね。最後に自身の強みを見つけるために必要なことについて、お伺いさせてください。
とにかく行動量を増やすこと。生理学的な考え方でいえば、一番強い生き物とは、行動の選択肢が多い生き物です。ライオンやトラは人間よりも力が強く、高く飛べて、足も速い。だから、時には人を襲うこともあるわけです。けれど、人間は高度な頭脳を持つゆえに猛獣よりも行動の選択肢が多く、勝つことができます。檻をつくって猛獣を捕獲したり、銃をつくったりできますよね。
快適な環境にいても選択肢は増えないから、快適でない環境に自らを導かなければいけないんです。新しい環境に出向いたら、ゲーム感覚で難題をクリアしながら、夢中になれる状態を生み出しましょう。
つまらないと感じる仕事や、興味の持てない業務も、段階的にクリアしながら、少しずつチャレンジしてみる。すると夢中の状態をつくることができ、 ビジネスに役立つスキルを手に入れられるはずです。
ピョートル・フェリクス・グジバチ氏
プロノイア・グループ株式会社代表取締役/モティファイ株式会社取締役チーフサイエンティスト。ポーランド生まれ。2000年に来日し、ベルリッツ、モルガン・スタンレーを経て2011年にGoogleに入社。アジア・パシフィック地域におけるピープル・ディベロップメント(人材開発)に携わったのち、2014年からはグローバル・ラーニング・ストラテジー(グローバル人材の育成戦略)の作成に携わり、人材育成と組織開発、リーダーシップ開発の分野で活躍。2015年に独立し現職。
著書に『NEW ELITE ニューエリート』(大和書房)、『世界最高のチーム』(朝日新聞出版)、『人生が変わるメンタルタフネス』(廣済堂出版)、『PLAY WORK プレイ・ワーク』(PHP研究所)などがある。
取材・文/モメンタム・ホース 撮影/高橋宗正