時間の相対性や知覚のゆらぎに注目し、映像、写真、立体などを用いた作品を制作している飯川雄大。町中の風景を定点撮影したり、サッカーのゴールキーパーを遠くから捉えたりなど、“日常の周縁にあるもの”を注意深く観察し、様々な手法を通して表現している。彼の作品の魅力と時代の相関性について、アート系プロジェクトチーム〈ArtHub.jp〉代表の野呂 翔悟氏が話を聞いた。
─まずは自己紹介をお願いします。経歴と代表作について教えてください。
兵庫県生まれで、神戸市に住んでいます。大学のデザイン科出身ですが、作っている作品は、映像、写真、イラストレーションなど様々です。「時間」や「人間の感覚」などが主なテーマで、日常の様子を定点撮影した作品「時の演習用時計」や、サッカーの試合中にボールに触れていないゴールキーパーの姿に迫った作品「ハイライトシーン」などを、制作しました。
─「ハイライトシーン」という作品は、試合中あまりボールに触れていないゴールキーパーに注目していて面白いですね。
サッカーって、世界中でプレイされていて人気のあるスポーツですよね。でも、フィールドの中でボールを触っているのはせいぜい1人か2人しかいない。強いチームの場合だと、キーパーがほとんどボールを触らないことさえある。そんな選手たちをずっと撮っていると、一見暇そうで、でも試合中だからボールから完全に目を離すことはしないけれど、祈ったり顔掻いたり、泣いたり、女の子にメールしたりと、その場でいろいろなことをしているんです 。
―これ、試合中なんですか。すごい面白い!!
意外ですよね。もしかしたらサッカーに集中しているかもしれないし、してないかもしれない。それはただ見ている僕らからはわからないんだけれど、パッと見は暇そうです(笑)。でも面白いのは、そんなキーパーが特段プレーしないこと、つまり失点しないことが、サッカーにおいては勝利であり美学なんですよね。それに、イタリアやブラジルだと最も優れた人あるいは最も頭脳が優れている人がキーパーをすることが多いらしく、そう考えるととてもアンバランスなスポーツだな、と。そういうのを作品にしています。
―僕もサッカー部でしたが、ゴールキーパーってボールが来ていない時は特に注目されてないですよね。そう考えると、この作品は、メインのものではなくその周りに目を向けている点が独特だと思います。
素晴らしいシュートシーンがあっても、そのシーンは撮らずにキーパーを撮ったり、(「Next Fire」という作品では)外にいる補欠に注目したりする。キーパーと補欠も、実は全然立場が違っていて、練習の時は一致団結して全員で頑張ろうと言い合うのに、試合でシュートが入った瞬間は自分のことを考えていますよね。せいぜいアシストしてくれたプレーヤーに感謝するくらいで、キーパーや控え選手のことを考えたりすることはほとんどないんです。その周りである「ハイライト」に、僕はついつい注目してしまうんです。
かわいいネコを見つけてもそれは撮らなかったり、他の作品も着眼点は周りのことが多いですね。
─なるほど。こうして見てみると、日常的な風景のなかにある気づきや哲学などに迫っているような印象を受けました。
補欠を見ていたからってサッカーの素晴らしさがわかるというわけではありませんが、全体を知った上でこの映像を見ると、また考え方が変わりますよね。多様化している現代では、それはとても重要なことだと思います。そういうマイノリティーこそが注目される時代に、今なりつつありますよね。かつてはいい大学、いい就職先と、画一的な人生観が主流だったのに、今は終身雇用もなくなって、正解のない世界、多様化が広がる時代になってきましたよね。そういう時代にやっとなった、と僕は思っているんですが、だからこそ、これからの時代を生きるうえで、新しい視点を持つことが当たり前になってくると思うんです。
─「ハイライト」の考えが、新しい時代に流れも組み込んだものだというのがよくわかります。このようなアーティスト活動は、大学を卒業されてすぐ始められたのでしょうか。
実は、もともと卒業してすぐは契約社員でグラフィックの仕事や大学の講師のバイトをしていて、そのあと27歳の時に就職しました。4年間はサラリーマンをしていたんです。デザインの仕事をやっていたのですが、作品作りながら片手間でやるのは失礼だと思ってしまって、なかなか続きませんでした。でも制作にはお金が必要で、でもお金が必要なことを忘れて制作をして、またお金がなくなって……という繰り返しでした。
─会社員の間も、作品を作ったり出品したりと、アーティストとしての活動も続けられていたんですか?
1年に1回展示に出したり、グループで活動したりしました。でも20代後半になって、生活は大変だけど時間があるのはフリーランスだなと思って、最低限の仕事だけをやって、できるだけ作品制作に時間を費やすようになりました。
―アート制作での収入というのは、我々から見るとイメージが湧きにくいのですが……。収入の見込みなどはどのように立つものなんでしょうか?
例えば、僕は猫をモチーフにした作品を最近はよく作るのですが、それはコンセプトがわかりやすいので比較的売れやすいんです。とは言っても、作品そのものというよりもドローイングやコンセプトの管理シートなどが特に問い合わせが多いんです。
その他に、動物のイラストも描いています。20代前半からずっと描き続けてきたので、連載やグッズなど、動物のイラストの仕事もいただくようになりました。この仕事は、僕の作品を見てもらうための足がかりとしての役目もあります。猫のイラストが目に止まってそこから作品を見てもらえればと思って、ずっと続けてきた仕事です。そうやっていろいろ工夫を重ねながら、作品制作のできる環境作りをしてきました。
―ご自分の活躍の場を常に模索しながら、今こうして作品を発表できる場に辿り着いた、ということですね。
(後編へ続く)