医療データを個人管理しやすくする「MEDIBLOC」。元歯科医のエンジニアが目指す医療データの未来

2019.09.19 [木]

医療データを個人管理しやすくする「MEDIBLOC」。元歯科医のエンジニアが目指す医療データの未来

現在日本では、病院が持つ医療データに患者が自らアクセスすることはできない。保険会社や会社などから診断書の提出を求められた際には、病院まで足を運んで発行してもらう必要がある。同じ課題は、韓国にも存在する。
韓国のMEDIBLOC社は、こういった医療データにまつわる課題を解決するために、エンジニアであり歯科医の資格も持つAllen Wookyun Kho(ゴ ウキュン)氏によって創業された。MEDIBLOC社はブロックチェーンをどのように活用し、どのような世界の実現を目指すのか。IFA社の阿部氏とAIre VOICE編集長の大坂氏が韓国へ渡り、Allen Wookyun Kho氏に話を伺った。

個人が自らの医療データにアクセスできるサービスを

阿部:Khoさんのこれまでのキャリアをお聞かせください。

Allen Wookyun Kho:大学ではコンピューター語学を学び、新卒でサムスン電子に入社して3年半ほどエンジニアとして勤めました。その後、歯科大学に入学しなおし、卒業して1年半ほど歯科医として働きました。その際に自分を見つめ、医者とITエンジニアのスキルを持っているのであれば、医療分野でITを駆使することで医者以外にもやれることはたくさんあるのではないかと思い、MEDIBLOCの立ち上げに至りました。

阿部:とても珍しいキャリアですね。MEDIBLOCはどのようなサービスなのでしょうか。

Allen Wookyun Kho:事業の柱としているのは、医療データの活用です。今まで、医療データは各病院が所有し、ほかの病院や患者にもシェアされてはいませんでした。MEDIBLOCは、それをいかにシェアしていくのかということをメインのコンセプトとし、医療データに関連したさまざまなサービスを順次展開しています。

阿部:実際にはどんなサービスを開発しているのですか。

Allen Wookyun Kho:最優先事項として開発を進めているのは、ユーザーが自分の医療データに自由にアクセスできるインターフェースをつくること。おそらく日本も同じだと思うのですが、医療データの所有権は本来患者さんにあるはずなのに、今は病院が持っていて、アクセスすらできない状況です。しかし、そもそもアクセスができなければ共有もできず、活用するまでにも至らないんです。

医療データを個人管理しやすくする「MEDIBLOC」。元歯科医のエンジニアが目指す医療データの未来

阿部:そのインターフェースは実現しているのですか?

Allen Wookyun Kho:今のところないのですが、MEDIBLOCのアプリ上で、自分の医療履歴をツークリックで保険会社に転送できる機能を9月にローンチする予定です。これまでは病院から紙でもらって保険会社に送っていたところを、ペーパーレスで簡単にできるようになります。

阿部:病気で休職するときに会社に提出する書類なんかも、アプリで出せればすごく便利になりそうですね。

Allen Wookyun Kho:そうですね。個人が医療データにアクセスできるようにするというのはとてもシビアな課題なので、それに着手する前に、取り組みやすいところからデジタル化していっているんです。

阿部:MEDIBLOCのサービスは個人にとって非常にメリットがありますが、一方で病院側は、医療データを軽々しく提供しないことで利益を得ている部分もあると思います。個人が医療データにアクセスできるようにすることでその仕組みを崩してしまうことに、反対の声はないのですか。

Allen Wookyun Kho:ないですね。病院に行かなくても診断書や医療データが受け取れるとはいえ、手数料が無料になるわけではないので、これまで病院に行くのが面倒で診断書の取得を諦めていた人たちにも気軽に取得してもらえるようになれば、逆にニーズは広がります。

阿部:なるほど。

Allen Wookyun Kho:もう一つ、3年前に韓国で起こった事件が関係しています。子どもが夜中に病気になり、病院に連れていったのですが、2~3時間の診察のあとに問題ないとして家に帰され、結局数時間後に容体が悪化して死亡してしまった。これが医療ミスだとして、訴えが起こされました。

阿部:診断記録は調べられたのですか?

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Allen Wookyun Kho:ええ。するべき検査をしなかったことを隠そうとした修正履歴が残されていました。これが非常に大きな問題となり、法律が改正されるに至りました。それまで診断記録は最新版しか見られませんでしたが、国民は自分の診断記録にどのような修正があったかを知る権利を得たんです。

阿部:なるほど。世の中の流れとしても、自分の診断記録を変更履歴も含めて見られる状態にしておきたいという機運が高まっていたのですね。

Allen Wookyun Kho:そうです。そのうえ、事件が起きたのは韓国のトップ5に入るほど名高い病院で、事件後は小児科に患者が寄り付かなくなり、経営にも大きな打撃がありました。これは、経営側としても非常に大きな問題です。今では経営側も、診断記録の変更履歴をしっかりと確認できるようにしたがっているんです。

阿部:ユーザーからも病院からもニーズがあり、国の後押しもある。まさに三方よしで、すばらしいですね。

MEDIBLOC独自のブロックチェーン活用法

阿部:MEDIBLOCはブロックチェーンを導入されています。お話しいただいたサービスは通常のデータベースだけでも成り立つと思うのですが、ブロックチェーンはどのように活用されているのですか。

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Allen Wookyun Kho:おっしゃる通り、医療データはブロックチェーン上に乗っていません。その代わり、ハッシュ(データを暗号化したもの)だけが乗っているんです。つまりデータの中身までは分からなくても、ハッシュによって、どのタイミングでどのような変更が行われたのかが記録されるようになっています。そうして第三者が見たときの信頼性を高めているんです。

阿部:すごく新しい使い方をされていると感じます。

Allen Wookyun Kho:今後、ユーザーは自分の診断記録を確認できるうえに、どのような修正をされたのかも確認できるようになります。さらに自分の医療データが別の病院に引き継がれたあとも、どのように使われているのかがモニタリングできるようになります。

阿部:病院を移ったときに、データもそのまま移行できるということですか。

Allen Wookyun Kho:そうですね。MEDIBLOCでは、病院を移った場合にも医療データを転送して引き継げるようにし、次の病院でもその延長上に新たなデータを作成していけるようにしたいと考えています。現在も例えばA病院の診断記録をB病院に持っていくということは行われていますが、いったん紙に印刷したり、CDに焼いたりして持ち出しているため、B病院では参考として見ている程度。それがデータとして引き継がれることで過去の検査結果までも明らかになり、同じ検査を二度する必要がなくなって医療費の削減にもつながります。

阿部:確かにレントゲンの結果などを共有できるようになれば、病院を移ったときにまたレントゲンを撮るといった手間がなくなりますね。MEDIBLOCは、MEDICOINというトークン(仮想通貨)も発行されていますが、これはどういった役割を担っているのですか。

Allen Wookyun Kho:主に、ノード(ネットワークに接続されているコンピューター端末)を回すための費用として活用しています。そのほか、データ収集を加速させるためのインセンティブにもなっています。

国策課題に取り組み、国民の認知を獲得

大坂:このサービスを普及させるために、どのようなマーケティングを行っていますか。

Allen Wookyun Kho:まず病院に対しては、1社ずつ地道に訪問し、現場のお医者さんの理解を得てから院長先生を説得しています。その後、病院内でMEDIBLOCの説明機会をいただき、病院内のプロモーションを行っています。

一方、患者さんに対しては、MEDIBLOCが韓国の国策課題に取り組むことによって、MEDIBLOCの認知を広げています。国策課題とは、国が抱えている課題を民間企業の協力を得て解決するというもので、協力企業はコンペで採択されます。国はいろいろなところでどのような国策課題がどのような企業の協力を得て始まったかを話すため、必然的にMEDIBLOCを国民に知ってもらうことができているというわけです。

阿部:患者が自由に自分の医療データにアクセスできないという問題は、日本にもあります。今後、日本でのサービス展開については、どのように考えておられますか。

Allen Wookyun Kho:自分のキャリアを最も生かすことができるのは韓国市場だと考えているため、まずは韓国での成功事例をしっかりつくりたいと思っています。日本や東南アジアへの進出は、その第二フェーズとして考えているところです。

阿部:最後に、読者に向けてメッセージをいただけますか。

Allen Wookyun Kho:ブロックチェーンは魔法のように何でも解決してくれるわけではありませんが、今の生活を豊かにするものに間違いありません。AIなども今後何かしら起きるのだろうとワクワクさせてくれますが、ブロックチェーンもそれに近しいものがある。機会があれば、ぜひブロックチェーンに触れていただきたいと思っています。

医療データを個人管理しやすくする「MEDIBLOC」。元歯科医のエンジニアが目指す医療データの未来

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ライター/三ツ井香菜 編集/YOSCA 撮影/倉持涼

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