政府はIoTやAIなど新技術を取り入れて新しい価値を生み出す社会「Society 5.0」を提唱したが、「Society 5.0」という単語を知っている人すら少ない。ブロックチェーンもいまだ実用化に至らないケースが多く、何が日本社会の発展を妨げているのか。
今回、IFA社COOの桂城漢大氏が慶應義塾大学法学部法律学科ゼミに登壇。後編では「ブロックチェーンの実用化はなぜ進まないのか」といった学生の質問に答え、日本社会が抱える課題と解決策について紹介する。
ブロックチェーン実用化を阻む壁
Q、ブロックチェーンはここ数年のバズワードで大手企業も興味を持っているにもかかわらず、いまだに認知度が低く実用化が進んでいません。その理由は何ですか。
桂城:ブロックチェーンはインフラシステムの構造を変えるので、導入のハードルが非常に高いんです。日本のインフラシステムはすでに整っており、ブロックチェーンを導入するにはゼロから構築し直さなければなりません。既存のインフラシステムに多くのお金をかけていることもあり、今更変えられない状態なのです。
ブロックチェーン導入には法律の問題もあり、国のコンサルもしなければ実装に至りません。まだインターネットのインフラが整っていない発展途上国のほうが、ブロックチェーンを導入しやすいでしょう。法律もそれに合わせて整えられます。
Q、すでにインフラシステムが整っている日本では、ブロックチェーンを導入する意味はないのでしょうか。
桂城:いえ、個人が信用を担保しやすくなるのでさまざまな業界のシステムを変える力があります。これまでお金は金融機関にしか借りられませんでしたが、人間関係を担保に人からお金を借りられるようになるでしょう。
たとえば「お店を出したいからサポーターになってほしい」と言って保証人となるサポーターを複数集めてお金を借り、その記録をブロックチェーンに残します。この時、保証人との人間関係を担保にお金を借りることになります。もし返済できなければ複数の保証人との人間関係を失うことになりますから、逃げられなくなります。ブロックチェーンの概念から考えれば、こうしたビジネスモデルも実現可能なのです。
Q、それでは、先進国内でも日本のブロックチェーン実用化が遅れている理由は何でしょうか。
桂城:日本はリスク回避志向が強く、慎重に物事を進める傾向があります。そのため今までのルーティーンを崩すのに抵抗があり、まったく新しいシステムを必要とするブロックチェーン導入に消極的なんです。新しい技術やビジネスモデルを社会に実装するために現行の法律や規制を見直す「サンドボックス制度」がイギリスで誕生し、日本も採用したのですが、この制度もうまく機能していません。
というのも、サンドボックス制度そのものの規則を政府が決めてしまって、結局はサンドボックス制度の適用範囲内で開発することになり、画期的なイノベーションが生まれにくい状態だからです。イノベーションを生むためのサンドボックス制度が、結局単なる規制になってしまっている。手段が目的化してしまったんですね。制度だけ取り入れても、概念を取り入れないと意味がないんです。
Q、国内でもブロックチェーンの普及率には差があります。地方ではブロックチェーンなどの新技術が浸透しておらず、東京と地方の差が広がるばかりです。地方が遅れる原因は何ですか。
桂城:地方はユーザーの母数が少ないうえに情報リテラシーも低く、企業が利益を生み出しにくいからです。地方の人々も課題意識を持っているのですが、どうしたらいいのかわからず、プロのマーケターに導入プランを考えてもらう予算もないというのが現状です。
今後、地方や零細企業を無償でサポートする事業を立ち上げたいと考えていますが、一番難しいのは賛同者を集めて資金を得ること。ブロックチェーン技術の恩恵を得る人々をうまく巻き込む必要があります。そのために「何をやりたいか」というビジョンを明確にしたうえでコミュニティを作り、親密な関係を築くのが重要でしょう。定期的に会ってお茶するだけでも仲良くなれるものです。地方にしても都会にしても、新技術を導入するにはリアルなコミュニケーションを通じて人間関係を築くことが重要ではないでしょうか。
ユーザー主権の社会を実現するには
Q、ブロックチェーンにより個人情報を自分で管理する仕組みができたとしても、その仕組みは企業が作るわけですよね。結局は企業に頼るかたちになり、個人が主権を持てないままではないでしょうか。
桂城:確かに企業のサービスを利用することになりますが、ユーザーが最も恐れていることは「自分の情報が勝手に使われること」です。ブロックチェーンは情報の改ざんができず、だれがいつどう利用したかといった記録が正確に残るので、無断利用や不正利用を防ぐことができます。
パソコンやスマートフォンなどの身近なデバイスで随時確認できるようにすれば、安心して利用できるユーザーフレンドリーなサービスを作れるでしょう。私たちもこうしたサービス開発を目指しています。
Q、内閣府が提唱している「Society 5.0」はIoTで全ての人とモノをつなげ、さまざまな知識や情報を共有し、今までにない新たな価値の創出を目指すものですが、実現に向けての課題はありますか。
桂城:「Society 5.0」の発想は、フィジカル空間のものをサイバー空間に転写するというもので、社会のあり方そのものを変えます。しかし認知度は低く、官僚主体で進められている点に課題があります。社会を変えるものは本来国民が決めるべきなのに、国民に認識されないまま進めていいのでしょうか。リスクを踏まえて批判的な議論も展開されるべきですが、「Society 5.0=理想的な社会」という前提で話が進んでいます。本当に「Society 5.0」を実現すべきなのか、国民が問い直す必要があります。
ただ、「Society 5.0」を否定する場合は代案を考えるべきです。代案を考えずに否定する人が多いのですが、それは無責任ではないでしょうか。反対するなら代案を用意しましょう。そうしなければ議論は前に進みません。優秀な人は、どんな時も意見を述べられる思考力を持っています。日ごろから考える癖をつけましょう。
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ライター/萩原かおり 編集/YOSCA 撮影/倉持涼