ビッグデータが活用される情報社会は、個人の権利が脅かされる社会でもある。GoogleやFacebookに膨大な個人情報が集約され、ユーザーにはパーソナライズされた情報が自動的に届くようになった。ユーザーは利便性と引き換えに個人情報の所有権を失ったが、そのリスクは意外と認識されていない。
今回、IFA社COOの桂城漢大氏が慶應義塾大学法学部法律学科ゼミに登壇。前編では同大学院の教授であり、内閣府の専門調査会の専門委員も務める憲法学者の山本龍彦氏とともに、情報社会におけるリスクと情報社会で活躍する人材について解説した。
個人情報が自然と搾取される時代
桂城:みなさんは「Society 5.0」という言葉を聞いたことはありますか。内閣府が“日本が目指すべき未来社会の姿”として提唱したもので「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と定義されています。
今はユーザーがそれぞれ好きな情報を自分で取ってくる時代ですが、ここ2~3年はビッグデータなど膨大なデータをもとに情報が自動的に取捨選択され、レコメンドされるようになりました。人々の生活はより豊かになりますが、その一方で大きなリスクも生まれています。
まず、個人情報の搾取です。GoogleやFacebookなど、いわゆる“プラットフォーマー”と呼ばれる大企業は多くの個人情報を持っていて、国家に匹敵する力を持っています。それだけの力を持つ企業は「どうやってユーザーを増やすか」という利益重視のビジネスプランだけではなく、ユーザーが安心して利用できる保証を作るべきです。
Facebookの5,000万人分のユーザー情報が流出した事件があったように、個人情報を企業に集中させると悪用のリスクが上がります。問題なのは、個人情報の所有権が個人になく、企業や政府に移行してしまっていることです。ユーザーが主権を奪われている状態だと、ユーザーフレンドリーなサービスは生まれないでしょう。
“分散型台帳技術”と呼ばれるブロックチェーンを用いると、個人情報の所有権を個人に戻し、一つのID であらゆるサービスを受けることが可能になります。たとえば、今は違う病院に行くたびに初診料を払い、問診票を書き、その都度コストと手間が発生していますが、ブロックチェーンを利用して個人IDに情報を紐づけて共有すると“自分が許可したデータだけ”開示できるようになります。どの病院に行っても最新のデータを利用してこれまでに受けた治療や服用した薬を踏まえた診療を受けられ、初診料を払ったり問診票を書いたりする必要がありません。
思考しなくなった現代人はアイデンティティを失う
桂城:アイデンティティの搾取も起こっています。機械によってパーソナライズされた情報がレコメンドされると自身で深く考えなくなり「自分はこういう情報を求めているんだ」と誤解してしまう可能性があります。今はSNSを通じて簡単に人とつながれますから、同じ情報を好む人もすぐに見つかり、交流しているうちに凝り固まった価値観を持つようになって視野が狭くなってしまうこともあるのです。
また、ネット上では自分と同じ考えを持つ人が集まりやすく、SNSで自分が発信した情報にだれかが“いいね”することで承認欲求が満たされて「自分が思っていることは正しいんだ」と思いがちですが、それは奢りにもつながります。実際には、自分と同じ考えを持つ人はあまりいないのです。ネットとリアルの差は思っている以上に大きいと肝に銘じておくべきでしょう。
今の10~20代の人たちを“リソース一致世代”と呼んでいるのですが、現代は情報リソースが非常に豊富で優秀な人が生まれやすい環境です。ただ、たくさんの情報に触れると頭が良くなった気がして、勘違いしやすくなります。勘違いを防ぐためにも、リアルなコミュニティも大事にしてほしいと思います。
山本:リアルなコミュニティを軽視する風潮も生まれていますが、民主主義の成立条件は他者の見解に触れ、共通体験を持つことです。リアルなコミュニティのなかで人々の公共的な精神が培われなければ、民主主義は持続しません。今は価値観が細分化されつつあり、ほかの価値観に触れずとも生きていけるようになったので、民主主義の成立が危うくなっています。勝手に取捨選択された情報だけを摂取するのがネット社会なら、かえって人生がつまらなくなるかもしれません。おもしろい人生にするためにも、リアルなコミュニティでさまざまな価値観に触れてほしいですね。
桂城:IT業界の人々はオンラインコミュニケーションを好むイメージがありますが、意外とセミナーやミートアップなどのオフラインコミュニケーションを頻繁に行っているんです。その理由は「オンラインだと熱意が伝わらない」というピュアなもので、ネットに触れている人達も現実世界との棲み分けをきちんとしています。ネットとリアルをうまく行き来できるといいですね。
山本:ネットとリアル、デジタルとアナログの特徴を理解したうえで上手に活用できる人は、アイデンティティを搾取されずに自分らしく人生を楽しめると思います。レコメンドされた情報だけ見るのは楽かもしれませんが、思考力が落ちてしまうかもしれない。技術は使いようなので、インターネットで世界を狭めるのではなく広げてほしいです。その意識を持てる人は、これからの社会で活躍すると思います。
優秀な人材は幅広い知識と多角的視点を持つ
桂城:ある分野に詳しくなるとそこだけ追求したくなりますが、どの業界・職種であっても、プロフェッショナルは幅広い知見を持ちます。優秀な人ほど気になったことをすぐ調べてさまざまな知識を吸収し、別の角度から提案する力があるのです。こういった人とは「またいっしょに仕事したいな」と思うので、リアルなコミュニティで幅広い意見に触れ、知見を深めるといいでしょう。
幅広い知見を持つと、多角的な視点を持てるようになります。円錐は下から見ると〇ですが、横から見ると△です。多角的な視点を持って初めて円錐であることがわかります。良い人材とは、「複数の視点を組み合わせると何ができるか」考えられる人です。Aというタスクを与えた時、タスクAだけを完了させる人と、意図を踏まえてタスクBも完了させる人がいたら、後者にしか仕事を頼まなくなるでしょう。任せられる仕事が多いほど自分のレベルが上がりますから、多角的な視点を持つことはとても大切です。
ブロックチェーンビジネスでも、だれでも思いつくようなビジネスだけ展開しても生き残れませんし、社会を変えることもできません。ブロックチェーンは技術だけでなく概念を理解し、社会に実装することが大切です。物事の本質を抽出して、まったく関係のない2つの要素をうまく掛け合わせた時にイノベーションが生まれます。この組み合わせを考えるのは難しい作業ですが、とても楽しくやりがいがあります。令和時代も活躍するビジネスパーソンになるには、多角的な視点と本質の抽出の2つを意識してください。
(後編に続く)
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ライター/萩原かおり 編集/YOSCA 撮影/倉持涼