外部から「よいビジネス」を持ってくる二重性、それこそがアートの役割

2019.09.09 [月]

外部から「よいビジネス」を持ってくる二重性、それこそがアートの役割

2008年、美術作品として家を借りる「シブハウス」を制作し、数々の展覧会でキュレーション作品を発表している齋藤恵汰。2013年には「ニッポンのジレンマ「新TOKYO論」」(NHK Eテレ) に出演するなど、大きな注目を浴びている。「アートはビジネスだ」と語り、文化事業家を自称する彼は、これからの価値は「倫理」にあると説く。アート系プロジェクトチーム〈ArtHub.jp〉代表の野呂 翔悟氏が、アートにおける作品性のあり方や、彼の重要視する、ある「二重性」について訊ねる。

ーまずは、2008年にシブハウスを作った理由を教えてください。

60~70年代のアメリカで、砂漠の真ん中にあえて美術館には入らないような巨大なモニュメントを作ることで、既存のアートシステムをハッキングする「ランドアート」という活動がありました。ただ、アメリカのアートシステムは強固で、生半可にはハッキングできない。写真に撮られて作品にされたり、財団が管理して観光地化したりと、結局はアートムーブメントの一部として回収されてしまいました。この活動に興味があって、自分のアート表現を考えたとき、「このランドアートを今やるとしたらどうなるか」というのを着想の起点したのです。

外部から「よいビジネス」を持ってくる二重性、それこそがアートの役割

ー舞台を都市にしたのはなぜでしょうか? 砂漠とは真逆とも言っていい環境です。

ランドアートでは未開の地である砂漠からアートシステムをハッキングする構造でしたが、21世紀の今なら「都市」でやったほうが面白いんじゃないか、と思ったのが原点です。今は、情報化が進んでいるので未開の地はほとんどなくて、むしろノイズが多い場所のほうがトレーサビリティが低くなる。

ー情報が多過ぎると、わかりにくい場所になるということですか?

 はい。情報が集約してくる都市こそがトレーサビリティができない未開の地となる可能性があるんじゃないか。そこにモニュメントを作って観光地化されたり、待ち合わせ場所になるということが起きたらどうなるかと考えたんです。そして、適切な素材を探した結果、「賃貸」を作品にするのがいいのでは、という結論にたどり着きました。借りた物件に対してノイジーな情報を付与して行き、最終的にモニュメント化していくのです。

ー「アート業界をハッキング」するとはどのようなイメージでしょうか?

例えば、セレブがアートを高額で買って話題になりますが、それはアート業界の話ではなく、小売業の話だと思うんです。本来、アートとは美術館やギャラリー、小売の世界だけで価値化、評価されるものではないはず。しかし、歴史性、革新性、工芸性などの価値軸を重視する中で、美術館が固定化された体制となって、今のアート業界のシステムが生まれました。そうした、アートの価値軸が一つになってしまった業界へのカウンターカルチャーとして、ハッキングする動きが30〜50年に一回起きるんです。それが「アート業界のハッキング」です。

外部から「よいビジネス」を持ってくる二重性、それこそがアートの役割

ーなるほど。既成概念を壊して、新たな価値軸を問う行為ということですね。シブハウスができてから10年以上経過しています。作品という観点からはどのように感じていますか?

今は作品化・モニュメント化はしたと思ってます。最近面白かったのは、各地のリバ邸(※シェアハウス。「現代の駆け込み寺」として全国各地にある)対抗のスマブラ大会をシブハウスでやっていたことです。この事実から、強い能動性、結節点がシブハウスで生まれていると感じました。それが、賃貸物件という物体と重なってる状態がすごく面白い。今は、情報と物質が乖離しているので、それが重なった状態にできているというのはアートの価値付けの一つのポイントだと感じています。

ー作品としてのゴールはどこにあるでしょうか?

最終的には、どうやって売るかっていうのを考えてます。一度、2013年のアートフェア東京に2.5億で出品しているのですが、売れませんでした。今は、早く売りたいと考えていて、そこがゴールです。

ービジネスをやりたいのか、表現をしたいのか、どう受け止めればいいのでしょうか。

そもそも、私はアートはビジネスだと考えている人間です。シブハウスでやろうとしていることは、グローバル化した、ものすごく巨大なビジネスの世界での “三方良し”と言ってもいい。そのために、「よい倫理」を生み出したいんです。そして、よい倫理を構成する上で、よいビジネスが必要になってくる。その「よい、悪い」の判断基準は、既存のビジネスではなく、外部から持ってこないといけないと思っています。既存ビジネスの外部から、「よいビジネス」を持ってくる二重性が必要で、それを担えるのがアートなはずです。

 ー二重性ですか。よい倫理とビジネスという一見、相反するように見える要素を兼ね備えた新しい形のビジネスを模索しているわけですね。そのキーがアートであると。

みんな、二重性が強くあることを望んでいると思うんですよね。でも、人間は直感的だし、カオスな性質を持っているから、なかなか外部性を生み出せない。だから、「外部性を与える仕事」が必要なんです。もう少しわかりやすく言うと「ビジネス=お金を稼ぎましょう」の現代的価値観から外れる基準のビジネスを作るということ。昔、織田信長が土地じゃなくて茶器を価値にしようとしたのは、まさに外部からよいビジネスを持ってきた事例だと思います。

外部から「よいビジネス」を持ってくる二重性、それこそがアートの役割

ー「お金が価値」だけじゃない、ビジネスを模索している、と。

そうですね。そうした外部からの新たな価値が生み出せるビジネスは、アートに限りなく近いと思っています。お金持ちの人も貧乏な人も、(世の中の)お金の偏りが大き過ぎて、流動性が低いことに悩んでいるわけで、だから既にあるシステムの中では解決しないと思っているんです。

ー次の価値として、みんなが求めるものはどういったものだと思いますか?

先ほど言った「よい倫理」だと思います。今は、倫理の価値がどんどん上がってると思うんですよ。ポリティカル・コレクトネスが叫ばれる中、中立性があることの価値が上がっているからです。どうやったら中立性であれるのか、と説くだけで仕事になる人が出てくるのではないでしょうか。

ー中立的な立場から意見を言う、となるとコンサルタント業が近いのでしょうか?

いえ、違いますね。コンサルタントは既存のビジネスにコミットメントするだけなので、それ単体ではステークホルダーになりにくい。そうではなくて、例えばTwitterで有名な「レンタルなんもしない人」のように、何もしないという中立性を表明することで、評価を得るような人たちのことを指します。彼は極端な例ですが、同じようなことをビジネスと親和性が高い形で行う人たちは出てくると思うんです。それこそ、既存のコンサルティング業をなくすと思います。

 

(後編へ続く)

この記事をシェア