新規サービスやベンチャー企業など、知名度が低いものは消費者から信頼されにくい。高い価値を持っていても、世に広まる前に頓挫してしまうことが多いだろう。上海稲殻网络科技有限公司のCEO・姜川氏は、匿名性と信頼性を両立するブロックチェーンが解決の糸口になると述べる。
今回、AIre VOICE編集長の大坂氏が姜川氏と対談。企業人が自分の価値を最大限発揮する方法や、無名でも勝てる戦い方について伺った。
スマホさえあれば何でも手に入る現代。それでも足りないもの
大坂:本日はお時間いただきありがとうございます。さっそくですが、姜さんの経歴と仕事内容について教えてください。
姜:インターネット業界や金融業界でエンジニアとして働き、個人向けのクレジット調査業でデータモデルの研究開発をした経験もあります。オンラインの教育プラットフォームに転職した後、友人とアウトソーシング会社を設立しました。クライアント企業の特性に合わせて、ユーザー体験・ビジネスモデル・組織制度・デザイン・機能など、製品に関する戦略的コンサルタントサービスを提供しています。
大坂:コンサルティング会社なのですね。
姜:ほかにも、大企業にマーケティングサービスを提供したり、セールス端末でセールスプラットフォームを作ったり、管理端末でPR管理、生産管理、アフタサービス管理などの改善をサポートしたりと幅広く事業展開しています。AI技術を使った浄水器も開発していて、ユーザーの体験やユーザーの心理を踏まえた仕組みを取り入れました。
大坂:多角的にビジネス展開なさっていますが、会社としてはどのようなビジョンを持っていらっしゃいますか。
姜:誰でも自分の才能を発揮できる環境を作ることです。『共産党宣言』という本に「人々はそれぞれ異なる欲望を満たされ、それぞれ違う役割を果たす」といった言葉があるのですが、インターネットの登場によって前者の「人々はそれぞれ異なる欲望を満たされる」状況が実現したと感じています。中国市場は大きく、さまざまなネットサービスが普及しているので、スマホさえ手に入れればあらゆるサービスや商品、コミュニケーション相手すら見つけられるようになりました。一方、後者の「人々はそれぞれ違う役割を果たす」というのは、私たち企業が関わっていく部分です。
大坂:人々は労働を通して役割を果たすものですから、企業の立ち位置が重要になりますね。
姜:ええ。ほとんどの人は家計のため、給料を得るために働いているだけで、必要最低限の労働に留まりがちです。企業が人にしか起こせないイノベーションを生み出すことで、働く人々は「企業の一員としてどうやって自分の力を最大限に発揮するか」という課題に向き合うようになります。つまり、「人々はそれぞれ違う役割を果たす」ことができるようになるわけです。こうしたイノベーションを生み出す際に、中央集権型ではなく分散型の仕組みを持つブロックチェーンが活躍するでしょう。
知名度が低いサービスでも安心して使える仕組み
大坂:そもそもブロックチェーンに興味を持ったきっかけは何ですか?
姜様:私はビットコインを発明した「サトシ・ナカモト」の大ファンでして、彼がきっかけだと思います。彼はビットコインの特徴である匿名性と信頼性を体現した存在で、発明から10年経った今でも、一体何者なのかわかっていません。国籍や年齢や性別などが一切わからないという完全な匿名性を守っていますが、彼の理論はすばらしく、発表した論文はじゅうぶんに信頼できるものです。匿名性と信頼性を両立しているんですね。しかし、今はインターネットサービスを利用する時に個人情報を登録しなければならないケースがほとんどで、匿名時代は終わりを迎えつつあります。これは匿名制によって多くの詐欺や犯罪が起きてしまったからでしょう。
大坂:実名の風潮が生まれてからは、確かにトラブルの数が減りました。
姜:ただ、登録した個人情報が漏れてしまった時のリスクは計り知れません。データにはユーザーの活動記録、経済状況などが詳細に記載されています。私たちはプライバシーを犠牲にして、サービスを利用している状態なのです。匿名性と信頼性を併せ持つブロックチェーンであれば、こうした問題を解決できるのではないでしょうか。自分のプライバシーを犠牲にしなくても、他人の信頼を得てサービスを利用できるようになる。これが次に目指すべき目標だと考えています。
大坂:なるほど。実際にブロックチェーンを導入したプロジェクトはありますか?
姜:銀行と連携して異なる銀行カードや会員ポイントの統合するプロジェクトを進めていて、そこでブロックチェーンを活用する予定です。異なる企業に複数のアカウントを持っている場合、ポイントが分散してしまって組み合わせて使うことはできません。これでは不便ですから、中央管理者がいないパブリックチェーンを提供して各銀行に分布しているポイントを統合することで、より便利なサービス提供ができるようになるでしょう。
大坂:生活者にとって大きなメリットになりますね。
姜:ほかにも、上海市政府と協力して運動場のシェアリングサービスを提供しています。政府の公有地や私有の運動場をまとめて管轄し、一般人がシェアできるようにする取り組みです。ただ、私たちのような新しいプラットフォームだと、知名度が高いアリペイやWeChatのようには信用されないという課題に直面しました。というのも、利用者がプラットフォームに対して利用料金を先払いするシステムだからです。
大坂:実際には、利用者がお金を支払い、プラットフォームが仲介料を差し引き、残りを施設側が受け取るという流れですよね。
姜:はい。その流れにも問題があって、もし施設側の経営がうまくいかずに先払いされたお金を持ち逃げしてしまったら、利用者は直接やり取りをしたプラットフォーム側に責任を求めます。プラットフォーム側がリスクを担う構造になっているんですね。信用問題をクリアするためにも、政府主導のパブリックチェーンに参入してほしいと考えています。私たちのようなベンチャー企業がパブリックチェーンを運用するのは困難ですから、政府主導のものか、信頼性が高いコンソーシアムチェーン(管理主体が複数いるブロックチェーン)を活用するのが得策でしょう。
大坂:政府とも話を進めてらっしゃるのですか?
姜:はい。上海市政府のパブリックチェーンを完全に開放して、私たちも取引プロセスをパブリックチェーンに置くことで信頼性を強化したいと伝えています。ただ、国の法律と技術テストが課題になっていて、これから多くの調整が必要になるでしょう。新技術を普及させるにはこうした調整は避けられないものですから、ブロックチェーンで新たな時代を作れるように邁進します。
大坂:やはり政府との協働が欠かせませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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ライター/萩原かおり 編集/YOSCA 撮影/倉持涼