お金とは何か1

2019.08.30 [金]

お金とは何か#1
お金に心を支配される理由

お金に心を支配される理由

お金とは何か?これを理論的なことと、日常感覚と出来るだけつなげるようにして書いていきます。
自分で自分の生活費を稼ぐ責任のある大人は、このお金というものがどうしても意識の深いところに沁み込んでいます。何故でしょう?

それは現代では少なくとも、感覚的に生きていくためにはお金が絶対必要だからです!と、ほとんどの人はそう思い込まされています。

マジメな人には、私が当たり前過ぎることを書いていると思われるでしょうから、私の実体験からの例を書きます。

私は、外資系日本法人の代表として、本社が潰れたあとも日本法人を維持しようとして、無理に次ぐ無理を繰り返していたことがありました。会社の資金繰りのためにお金の不安で苦しみながら、働き続けていたことがあるのです!

過労や不安がたたり、身体を壊し、手術もして、それでも会社を何とかしようと、手術跡で膨らんだ腹部を無理矢理ベルトで締めて、仕事をして、“敗血症性ショック状態”という当時で死亡率70%の状態になりました。慶応病院についたときは既に意識が薄れてきていて緊急入院しました。

幸い体は回復してきて(実はその後、あのまま死んでいた方がよかったと思うことがその後、続きましたが)また「早く仕事に戻らなければ」とつぶやいていたら、看護師長さんにこう言われたのです。

「仕事なんてなくなったら、生活保護でももらって、暮らしてりゃいいのよ。この病院のお医者さん(特殊に優秀そうな人が多かった)なんてエリートかもしれないけど、仕事ばっかりして、ガンになって早死にする人多いのよ。バカらしいでしょ」

最初は、なんて無茶なことをいう人だと思ったのですが、考えてみると、お金はどう考えても、命ほどの価値はない。それにもかかわらず、お金を命より大切であるかのように感じている人が多いから、“過労死”や“お金がないことを苦にした自殺”がある。

しかもエリートと呼ばれる人の方が、社会の常識やモラルに縛られて、仕事への使命感だとか、お金を得る手段がなくなることへの危機感、恐怖感からだとか命を削るところまで自分を追い詰めてしまうことが多い。

僕も、会社を維持するためという、使命感はあったが、実際は資金繰りという、会社のお金の流れを止めないことを何が何でも行おうとして、命を落としかけていた。

馬鹿げている。

現代においては、お金が無くなると、死ぬ以上の危機感を人に与えている!

それは日常生活で息を吸うように繰り返される、経済活動、物の売買、サービスの売買、の中で、呼吸と同じ位に大切、実際はそれ以上に大切と意識されてきてしまっているからではないでしょうか?

実際、呼吸は通常、無意識にしていますが、お金のやり取りは、自動引き落とし以外は、そのたびに意識しています。

さらに怖いことに、家族すらその維持に、特に男の場合は露骨に、お金を稼げるか否かで左右されることが多い。お金を家庭にいれない男は、まだまだまともな男と受け入れられる場合は少ないと思います。ところがこれも、考えてみるとお金が無ければ、家族を持てないという部分が多いのであれば、愛情ですら、お金の裏付けの上で成り立つ部分が多いことになり、お金を失うと、基本的な一番強いハズの人間関係すら失うことになります。

実際、私も、仕事と健康を失い、お金を得られなくなってしばらくして、離婚し家族とも別れました。それは私の個人的な人徳のなさに依存する部分もありますが、経済に依存した部分も大きかったことも間違いないのです。

私は、ホームレスの親玉と話したことがあります。ホームレスになる多くのパターンとしてお聴きしたのは以下のことでした。

会社をリストラされ、お金を稼げなくなったら、妻が去っていき、その後、求職活動を続けても、半年以上断られ続けて新しい仕事が見つからないと、もう心が折れて求職活動もしなくなってしまう。できなくなってしまう。お金が尽きて家賃も払えなくなって、住むところを失い、ホームレスになる。中高年の男のホームレスはそのパターンが多い。

お金は命ほどの価値はない。ところが、現代では、お金がないと、生きる意欲すら失いかねないほど生活を破壊される。その恐怖感の蓄積が、お金を失うことを、命を失うこと以上に怖いと意識させられてしまう。

友情、家族愛、そういうものに甘えて、お金がなくても、お前が生きていてくれるだけで嬉しいからとお金を出し続けてもらえるほどの人はあまりいそうにない。

結局、友情や愛情より、いざとなるとお金しか自分の命も生活も支えてくれるものはないのではないかと、心の奥で思って震えている人もいるというか多いのでしょう。

いざとなったら自分を具体的に助けてくれる一番の手段としてのお金を意識せざるを得ないのはこんなことではないでしょうか。

逆に、お金の誘惑で心を支配されることも多くあります。

例えば高額の水商売にはまるような場合、お金さえあれば、こんなに気分良くさせてもらえるのかということを知ると、お金さえあれば、またこんな経験できる、遊べるということに心を奪われてしまうこともあります。

例えば、1回行くだけで、30万円程かかるようなクラブ(女性の場合だとホストクラブとなりますね)にいくと、それがお金目的の疑似恋愛に過ぎないとしても、それまで真面目な生活をしていた人ほど危ないハマり方をしてしまうことがあります。

中高生時代にずっと憧れていたけど、あまり話もできなかった、○○ちゃんより、ずっと綺麗な瞳で僕を見つめてくれて、時々手を軽く僕の膝においてくれて、ドキドキしてしまい、心を揺さぶられて気持ちよくなってしまうような経験です。
サービス提供側からすると完全に技術によるお金のためのお仕事に過ぎなくても、美人に自己承認してもらえることへの(しかも好みの美女に)快感は大きいので、それがお金で買えるとわかると、お金を得ることへの欲求はさらに高まり、これも心をまたお金に支配されていきます。

お金の影響力の理由

ではなぜ人間の心をそこまで支配する程、お金の影響力が強くなったのかと言えば、

逆説的ですが、大多数の人が、お金にそれだけの価値があると認めて、自らの心を支配されているからなのです。

循環論法のようにおもわれるかもしれません、今の状況に至るまでは色々なことを経たでしょうが、現在ではそうなっています。
お金をどうしても得たいから、そのためなら、好みでなくても、むしろ嫌いなタイプでも相手をしてお金を得ようという水商売があるのも、お金を得るためなら、仕事をする。それは、嫌なことでもなんでも、必要だからやるときはやる。お金を払う側からすると、お金さえあれば、買えるもの、受けられるサービスがあまりに多い。お金が無ければできないこと、あるいはそう思わされていることがあまりに多い。

お金がなければ、生きるために最低限必要な食べ物さえ手に入れられない。少なくともそう思わされている。そのようにお金を絶対信用する人が、世界に広がっていき、お金があれば、言葉が通じない地球の裏側でも、普通にホテルもレストランもサービスを受けられる。

お金の意識変革の芽

ブロックチェーン(ビットコインと同じく2008年)が出たあたりから、お金についての意識の変化が大きくなってきています。リーマンショックは実は世界の金融機関の機能がマヒして機能停止に陥りかけた大事件でした。

お金なんていざとなると実はかなり不確実なものであることに、多くの人が気がついたのです。それと同時期にビットコインとビットコインを実現するために初めてのブロックチェーンがつくられました。

サトシナカモトは、法定通貨の不確実性をリーマンショック前から熟知してそれに準備していたとしか思えないタイミングでビットコインのホワイトぺーパーをこのリーマンショックにぶつけるように発表したのです。

お金では得られないもの、お金が無くてもなんとかなるもの、お金より大切なものの価値はブロックチェーンによってネットにインプリできるようになって夢想できるようになってきました。これからはお金の形がかなり変わっていくと思われるのです。

次回もお金についてのシリーズを書いていきます。

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