「障害者=弱者」とする日本社会。フェアな社会を実現するには

2019.08.29 [木]

「障害者=弱者」とする日本社会。フェアな社会を実現するには

聴覚障害のある人々は「社会的弱者」なのか。障害者を弱者とする社会構造に疑問を持ち、聴覚障害者の“音のない声”に耳を傾けているのが、株式会社Silent Voice代表の尾中友哉氏だ。同社は、聴覚障害者の活躍の場を増やし、年間所得462万円以上の聴覚障害者を3万人増やすことを目指している。
今回、AIre VOICEを運営するIFA社の桂城漢大氏が尾中氏と対談し、同じ「VOICE」という言葉を掲げる企業として、どんな“声”を社会に届けていくかを語った。後編では、フェアな社会を作るために何をすべきか、両者が見解を述べる。

障害のある人は「かわいそう」なのか

桂城(IFA):Silent Voiceさんは社会・企業と聴覚障害者のより良い関わり方を模索し、聴覚障害を「ただ助ける」のではなく、「喚起する」立場で活動しているとのことですが、今の社会にどんな課題を感じてらっしゃいますか。

尾中(Silent Voice):いわゆる障害者が弱者であり、いわゆる健常者が強者である、という構造に疑問を感じます。僕の両親は聴覚障害者ですが、耳が聴こえる僕が強者で耳が聴こえない両親が弱者なのかと言うと、けしてそうではありません。僕たち家族にとって、父はリーダーであり続けました。そもそも、健常者や障害者といった言葉を使うのも理解できません。

桂城:その言葉自体が、障害者=弱者という認識を生み出していますよね。「障害のある人たちはかわいそうだから、助けてあげよう」という暗黙の力関係ができてしまう。

尾中:日本では「健常者」「障害者」という言葉が当たり前になっているので、見えない力関係や眠っている可能性に気付きにくい状態です。障害のある人たちも「助けてもらって当たり前」と思いがちになり、何かしてもらっても感謝しない傲慢さが生まれるリスクがあります。自分から何かしようとする向上心も削がれやすく、そうやって受け身の姿勢が染みついた結果「社会から孤立した」と嘆いても、そりゃそうだろうとしか思えない。そうならないように、聴覚障害者の社会への働きかけを事業として取り組み、眠っている行動力を喚起したいと思っているんです。

「障害者=弱者」とする日本社会。フェアな社会を実現するには

桂城:助けるのではなく、喚起する。フェアな目線で見てらっしゃいますね。

尾中:耳が聴こえない両親と僕の家庭では、それぞれに役割があり「障害のない」状態が実現していました。両親は音を聴くことはできませんが、それ以外に得意なことがあり、お互いに協力しながらフェアに過ごしていたんです。また、聴覚障害があっても、それによって何かを諦めなければ乗り越える力、すなわち「聴こえないからこその強み」になることがある。

桂城:決して聴覚障害者=弱者ではありませんからね。

尾中:疑問なのは「聴覚障害者の支援をなさっているなんてすばらしいですね!」と言われることです。もっとひどいのは、聴覚障害のある弊社スタッフがスーツを着ていたら「聴こえないのにスーツを着て出かけているなんてすごい!」と言われることがあったり、聴覚障害のある子どもに夢を与えるつもりで「空き缶潰しの仕事がありますよ!」と笑顔で言ったりする人。こういう発言をする人は、あきらかに障害者=弱者だと思っていると感じます。この固定観念を打ち破るには、何をどう伝えたらいいのだろうといつも考えています。

働く聴覚障害者の約半数が月収10万円以下

尾中:聴覚障害を持つ人は約36万人いて、労働可能な18~64歳の生産人口は10万人ほどいると言われています。その収入は4割近くが月収9万円未満、3割近くが月収10万円台で、未就業者も多いという調査があります。政府は障害者が働く場を増やすために障害者を全体の2.2%採用することを法律で決めましたが、非正規雇用が多く昇進機会は少ないのが現状で、現場で障害者の活躍はあまり期待されていません。障害を持つ人たちが夢を抱き向上心を持てなければ、自分の人生の主権も持てず、フェアにならないでしょう。

桂城:IFAは、耳が聴こえない方を含め機会を奪われている人をテクノロジーの力で応援し、フェアな社会を作ることを目指しています。なんらかの障害によって銀行口座すら開設できない人もいて、こうした不平等な状況を改善していきたい。IFAの専門分野であるブロックチェーンは分散する多数のユーザーの合意を前提とするもので、異なるバックグラウンドを持つ人間を1つの線でつなげる力があります。違う立場の人と繋がることで、新しい視点が持てるようになるでしょう。

「障害者=弱者」とする日本社会。フェアな社会を実現するには

尾中:それぞれの人の繋がりを糸で表すならば、聴こえる人と聴こえない人が自主的につながり合う糸を持てるか、という問題があります。「この人と繋がる糸は持ちたくない」と思ってしまうと、お互いが繋がらないまま分断されてしまいますから。他人に持たされるのではなく、自ら持ってこそ意味があります。

桂城:自分と違う人と繋がったり、社会で挑戦したりすることが怖くなくなればいいですよね。フェアな社会を作るにはそれぞれ主権を持つ必要がありますが、主権を持つということは責任を持つということでもあって、自由ではあっても楽ではありません。他人任せの人生のほうが楽ですから。

尾中:主権を持つことがどういうことなのか、本人が答えを見つけないと前には進めませんね。障害者という言葉は、前ほど特別な言葉じゃなくなると思うんです。だんだん価値観が多様化してきて「みんな違う考えを持っている」ことが当たり前になってきました。いわゆる「普通の人」なんていないんですよね。でも、重度障害を持っていることが認定されると、障害年金として年間100万円くらいのお金をもらうことができる。だから強者・弱者といった構造でものを捉えがちになるんだと思います。

「障害者=弱者」とする日本社会。フェアな社会を実現するには

弱者・強者の価値観から解放されるために

桂城:社会は障害を持つ人たちを対等に受け入れる体制を作らないといけないし、聞こえない人たちも「自分たちは普通で、フェアな関係が当然」だと社会に発信していく必要がありますよね。構造を変えるにはやり続けることが大事。なかには「余計なことをするな」とも言う人もいるでしょうけど。

尾中:我々も日々、自分たちの活動は余計なのか?正しいのか?とよくスタッフ間で自問自答しています。社外、日本を見渡せば聴覚障害者と言っても様々です。ある場所では「これからの時代は対等じゃないと困る」と言っていても、ある場所では「(聴覚)障害者は今まで通り地下鉄無料であるべきだ」となる。

でもただ1つ事実だと思うのは、時代とともに就業や教育等の選択肢が増え、豊かになってきているということです。さらなる豊かさを求めるためには、駅前で声を上げて啓もう活動をするだけでは足りない気がする。もっと自分たちで掴みに行くようなアクションが必要な気がします。

桂城:しかし、聴こえない子どもにとっては、まわりの人の声での会話に入りにくいことから、参加できることが減って選択肢が少なくなり、それが当然になってしまいそうですね。

尾中:確かに習い事などは、手話などの情報的な配慮を受けられることもまれで、教育環境としてみても聴こえる子どもに比べると不十分と言えます。都市部であればまだ選択肢がありますが、ローカル地域ではろう学校が1つしかないなど限定的な環境になってしまう。しかしながら、今はネットが普及してテクノロジーも発達し、ビデオチャットなどで場所を問わず教育を受けられるようになりましたから、状況は良くなると考えています。これからの時代では、障害のある人も「障害者」というイメージの枠から抜け出し、弱者・強者の価値観から解放されていくと思います。我々としても、聴こえない子どもたちに新しいチャンスを創出できるような存在を目指しています。

AIre VOICEではブロックチェーンの最新ニュースはもちろん、さまざまなバックグラウンドを持った方へのインタビュー・コラムを掲載しています。ぜひご覧ください。

ライター/萩原かおり 編集/YOSCA 撮影/倉持涼

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