聴こえない両親に育てられて感じた「怒り」。聴こえない声は社会に届くか

2019.08.28 [水]

聴こえない両親に育てられて感じた「怒り」。音のない声は社会に届くか

「僕には怒りに似たモチベーションがあった」-。耳が聴こえない両親を持つ株式会社Silent Voice代表の尾中友哉氏は、会社を立ち上げた理由についてこう述べた。同社は、聴覚障害者の活躍の場を増やし、年間所得462万円以上の聴覚障害者を3万人増やすことを目指している。
今回、AIre VOICEを運営するIFA社の桂城漢大氏が尾中氏と対談し、同じ「VOICE」という言葉を掲げる企業として、どんな“声”を社会に届けていくかを語った。前編では、今の日本社会が抱える課題と、耳が聴こえない人たちの“見えない可能性”について解説する。

 

聴こえない父がバカにされる社会への怒り

桂城(IFA):IFA社では、DLT(分散型台帳技術)のテクノロジーを活用してユーザーひとりひとりに主権を持たせ、すべての人が「自分の情報」に対して主権を持つ世界の実現を目指しています。民衆ひとりひとりの声(VOICE)を重視し、ひとりひとりが主役のメディア『AIre VOICE』を立ち上げました。Silent Voiceさんは、「Voice」にどんな意味を込めているのでしょうか?

尾中(Silent Voice):Silent Voiceとは、社会のなかにある“音のない声”のことを指しています。僕には怒りにも似たモチベーションがありました。僕の両親は聴覚障害者で、父は会社でまったく期待されていなかった。僕にとってかっこいい父は、会社ではバカにされる存在だったんです。

桂城:家庭と社会の間に大きな乖離があったのですね。

尾中:耳が聴こえない両親を持つ僕は、日本語より先に簡単な手話を話し始めました。聴覚障害者は音声言語の発音を獲得しにくいこともあり、コミュニケーション言語に手話を選択する人も多くいます。 手話も社会に存在する声ではありますが、“音のない声”ゆえに社会に届いていないことがよくあり、疑問を感じるようになりました。

聴こえない両親に育てられて感じた「怒り」。聴こえない声は社会に届くか

桂城:率先して音のない声に着目する人は限られているでしょうね。

尾中:そうすると、聴こえない人たちの持っているエネルギーが社会で発揮されにくく、向上心も育ちにくい環境が生まれます。「“音のない声”を社会のなかで見える化にしたい」と考え、社名をSilent Voiceにし、聴覚障害者・難聴者の向上心やエネルギーを社会が活かせるように働きかけています。

第一言語が手話。社会との溝を感じた

桂城:尾中さんの第一言語は日本ではなく手話だったということですが、実社会との摩擦も生まれたのではないでしょうか。

尾中:僕にとって手話がコミュニケーションの基本だったので、あえて手話と日本語を比較しませんでしたが、周囲との溝を感じることはありました。僕が最初に出た社会は保育園で、保育園の先生に手話で「お茶ください」と言っても伝わらなかった。友達に手話で話しかけたら「魔法使いや!」と言われたのをよく覚えています。悲しくはなくて「俺は魔法使いなんや!特別なんや!」と純粋にびっくりしましたね。でも、やっぱり友達に「自分たちとは違う人」と一線引かれることはあって、それは寂しかったし、今の活動の原点になっています。

聴こえない両親に育てられて感じた「怒り」。聴こえない声は社会に届くか

桂城:尾中さんは、耳が聞こえないろう児とその兄弟・姉妹、コーダ(ろう者の親を持つ聴者)の子どもたちに、耳が聞こえないアスリートとのスポーツ体験を届ける「デフスポ」の活動にも参加なさっていますよね。

尾中:デフスポフェスティバル実行委員会の代表を務める髙橋縁さんの「子どもの頃にデフアスリートと触れ合いながらスポーツをたくさん体験できる場があれば、もっとデフスポーツを知ることができたのではないか」「聴こえない子どもたちがスポーツを楽しめたら、そこから協調性を学べるのではないか」という考えに共感したんです。耳が聞こえない人たちは、習い事や部活の選択肢が少ないために「やったことがない」スポーツも多いので。

桂城:チームメイト同士の声かけも聞こえませんし、補聴器が壊れるかもしれませんから、周りも「聞こえないんだからスポーツは危ない」と止める人が多いでしょうね。

尾中:ええ。でもデフスポであれば聴こえない子どもたちもスポーツができて、可能性を広げられるだろうなと。そして「耳が聴こえなくてもスポーツを楽しめる人」を当たり前にして欲しい。僕らが支持することで、その当たり前が少しでも広がっていけばと考えています。代表の髙橋縁さんは耳が聴こえる人とスポーツすることもありますが「障害者だから負けて当たり前」とは思わない人なんです。特にスポーツなど身体的コミュニケーションは耳が聴こえない人も対等に接しやすいので、こうした機会を通じて社会一般でもフェアな考え方が当たり前になってほしいですね。

「聴こえないからできない」は思い込み

桂城:フェアな考え方を浸透させるには、我々ひとりひとりが多角的に物事を見る必要があります。円錐だって見る角度によって三角に見えたり丸に見えたりするわけです。人とのコミュニケーションに置き換えると、たくさんの人と対話することで複眼的な思考を身につけられますよね。耳が聴こえる人と聴こえない人の両方と対話すれば、2つの視点で物事が見えるようになる。耳栓をして歩くなどして耳が聴こえない人の視点を体験することもできます。

聴こえない両親に育てられて感じた「怒り」。聴こえない声は社会に届くか

尾中:売れる営業マンはお客様の目線で物事を見るから、売れるストーリーが分かるんですよね。特に日本はひとつの視点に束ねがちですが、それは全部見えてしまうと会社の上層部側の不都合が生まれることがあるから。軍隊みたいに統率するんだったら、ひとつの視点だけで物事を見た方が楽なんですよ。

桂城:「右向け、右!」と言えば社員全員が右を見ますから、統率しやすいですよね。

尾中:でも、僕たちは頭ごなしに「できる」と言い聞かせて可能性を示唆するのではなく、関わり合いのなかで「できる」という可能性に気づいてもらうことを目指しています。とある夏祭りで、聴こえない子が「聴こえないからお店の人に質問できない」と言ったら、うちの聴こえるスタッフが「聴こえないことが問題なの?私も小さい頃は店員さんに話しかけるのが苦手だったよ」と答えたんです。

桂城:なるほど。「聴こえないからできない」という固定観念を覆す言葉ですね。

尾中:聴こえなくても、紙に書いてコミュニケーションもできるかもしれない。スタッフの言葉は、この子が「聴こえないからできない」という考えから抜け出すきっかけになりました。なぜその子が「できない」と思ったのだろうと考えると、周囲の大人や社会がそういう価値観を与えてしまったのかもしれません。僕たちもこうした気づきを与える存在になりたいんです。

桂城:IFA社にも「ノーを打ち破れ」という言葉があるのですが、ノーというのは「脳」と「NO」の2つの意味があります。「できない(NO)」と考えるネガティブな「脳」を打ち破り、固定観念を消していこうというメッセージです。会社としても「社会はトリックアートだ」という視点を持ち、社会の概念を変えていくことを目指しています。IFA社とSilent Voiceさんとは業界こそ違いますが、ビジョンはとても近しいですよね。協力しながら社会に変化を与えていきたいです。

 

(後編に続く)

 

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ライター/萩原かおり 編集/YOSCA 撮影/倉持涼

 

 

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