遺伝子解析×ブロックチェーンが新たな経済価値を生む

2019.08.26 [月]

遺伝子解析×ブロックチェーンが新たな経済価値を生む

「遺伝子データの流通においてブロックチェーン活用の可能性はあると思います」

そう語るのは、弱冠24歳で日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスを立ち上げた高橋祥子氏。東京大学大学院で遺伝子解析による生活習慣病予防のメカニズムを研究したのち、20136月にバイオベンチャー、株式会社ジーンクエストを起業した。
現在は、微細藻類の研究開発や生産を手掛けるユーグレナの執行役員も兼務。日本人の遺伝子約70万箇所を対象にした解析から、健康リスクや体質の遺伝的傾向など300項目以上の遺伝情報のデータを個人で手に入れられる遺伝子解析キット「ユーグレナ・マイへルス」のサービスを運用している。研究者、起業家として世界から熱視線を注がれている。
遺伝子解析をアカデミアの領域から解放し、社会と個人への還元を牽引した若き先駆者が見据える生命科学とテクノロジー、そしてブロックチェーンの未来とは。

遺伝子解析で疾患リスクを回避する

――初めに、ご経歴についてお伺いします。高橋さんは研究者としての顔もお持ちですが、なぜ起業しようと思われたのでしょうか?

高橋:大学院時代には大規模な遺伝子解析を活用して糖尿病の予防などのメカニズムを研究していたのですが、他の疾患にも研究内容が応用できることから、研究者として生命科学分野を発展させたいと考えていました。研究成果を社会に持続可能な形で発展させられるような仕組みをつくろうと、同じ研究室の先輩の協力を得て起業しました。

――大規模な遺伝子データによって、どのようなイノベーションが起きたのでしょか?

自分の体質にまつわる認識を客観的な遺伝子データと照らし合わせることが可能になりました。たとえば、アルコールに弱いことを何となくは把握していたとして、遺伝子解析の結果では何となくの体感ではなく、アルコールによる疾患リスクが高く、二日酔いもしやすいことが可視化できる、というケースです。これは大規模データを解析する技術があり、遺伝子が形質に与える影響の研究が進んだからこそ実現したことです。

このように、客観的なデータをもとに体質を把握して、日常生活における行動を変えていくことができれば、疾患リスクの回避になります。

遺伝子解析×ブロックチェーンが新たな経済価値を生む

――医師や管理栄養士と連携して、精度の高い体質管理もできそうですね。

高橋:そうですね。現状でも疾患リスクが高い人に対して、遺伝情報をもとに予防方法を提供しています。今後は、より日常生活に近いヘルスケア、ダイエット、運動、睡眠、ストレスなどに応用していけるはずです。特に「食事と遺伝子」「運動と遺伝子」の関係についての研究は最近進みつつあります。

――遺伝子解析サービスは、さまざまな企業が製品化していますが、「ユーグレナ・マイへルス」の特徴について教えてください。

高橋:遺伝子関連の研究論文は欧米人のデータがメインですが、「ユーグレナ・マイヘルス」では、主に日本人やアジア人を対象にした研究論文を情報の根拠とした大規模遺伝子解析を行っています。私を含めサービスに携わっている研究メンバーは、科学的なエビデンスを徹底的に重視しているところが特徴的だと思います。

また、他社では追加メニューを受ける際には費用が発生することが多いですが、「ユーグレナ・マイへルス」は新たな研究成果のアップデートにともない、無償でメニューを追加するサービスも行っています。解析できる項目もサービス開始からすでに100以上増加。常に最新の情報をアップデートすることで、ユーザーの信頼性を担保しています。

ブロックチェーンで遺伝情報の流通にも変化の兆し

――高橋さんは、遺伝子解析による個人の病気予防への貢献もさることながら、遺伝子

研究自体が発展することも目標に掲げていらっしゃるとか。それはなぜでしょうか?

高橋:「科学」と「技術」、どちらかだけだとこの分野では片手落ちになってしまうからです。技術を使った個人向けのサービス提供も大事ですが、遺伝子の研究により科学自体が進まなければ個人に還元できることにも限りが出てきます。

また、科学研究だけに注力しても、それを技術として社会に波及させなければ意味がありません。だからこそ、ビジネスのフィールドで遺伝子解析の価値を認めてもらう必要があると思っています。

――より多くのデータが手に入ることで、医療やビジネスでどのような活用が見込まれますか?

高橋:たとえば、遺伝子情報を解析することで疾病リスク要因が高い人を特定し、予防的介入していくことで全体の医療費を下げられるのではないかと考えています。

たとえば、健康保険でⅡ型糖尿病の予防をするとなると、予防医療が確立されたとしても国民全員に措置を講じるには医療費が掛かり過ぎてしまいます。それであれば、リスクが高い人を抽出して積極的に医療介入することが望ましいと思います。

また、ビジネスにおいては、現状も高付加価値の食品やヘルスケアが支持されています。その流れを受けて、オーダーメイドの製品やサービスの需要が今後ますます高まるはずです。体質や睡眠といった遺伝情報を活用すれば、究極のオーダーメイドを提供できますので、そこにビジネスチャンスがあると思います。

遺伝子解析×ブロックチェーンが新たな経済価値を生む

――遺伝子解析の分野において、ブロックチェーンの役割はありそうでしょうか?

高橋:ブロックチェーンは可変的な情報を保存するのに向いていますが、遺伝子情報は一生変わりませんので、役割として考えられるのは、遺伝子情報を人に渡すときに活用するケースです。

すでに、遺伝子解析サービスとブロックチェーンを組み合わせたサービスを展開している企業もあります。アメリカの「Nebula Genomics」は個人が自分の遺伝子データを研究者などに共有できるオンラインプラットフォームを開発しています。ブロックチェーンや暗号化の技術を用いており、研究者たちはアクセス権を購入するとデータの閲覧が可能に。遺伝子データを共有した個人には、企業通貨「Nebulaトークン」で報酬が支払われます。

ただ、大規模に遺伝子データを活用するときは別として、研究対象として個人の遺伝子情報単体に価値があるとは言い切れません。なので、ビジネスとしてどこまで成り立つのかは今後気になるところです。

――高橋さんとしては、ブロックチェーンにどのような期待を寄せられていますか?

高橋:これまでは価値を決める人と享受する人が異なっていたため、中央集権化が定着していたと思います。それがブロックチェーンによって、価値を決める人と享受する人が一致すると、経済活動が自由で平等になりますよね。つまり経済価値の解放につながるのではないかと期待しています。

「質」を重視した遺伝子解析を追及して世界と勝負する

――諸外国でも遺伝子解析技術は凄まじいスピードでアップデートされています。高橋さんは日本のトップランナーとして、これから国内の遺伝子解析分野をどのように底上げされようとお考えですか?

高橋:よくAI領域でアメリカや中国に負けているという話を耳にしますが、AIの発展の要因としてはデータ量の絶対数が多いことが言われています。同じように、遺伝子の分野についてもデータ量は人口が少ない日本では負けてしまっても、日本ならではの「質」で勝負できる可能性があると考えています。その点、日本人が持つ遺伝情報は「質」の研究向きです。

なぜなら人種の混血が少なく、遺伝的なバックグラウンドが比較的均質だからです。たとえば最近、東京大学と共同で味覚と遺伝子の関係を研究していますが、欧米系の集団にはない遺伝子多型が関わっていることが分かりました。この結果は、遺伝情報の数ではなく、日本人特有の情報を活用したからこそ発見できたのだと思っています。

また、日本人は世界で最も長寿だとされていて、食事も健康的な和食が基本。一方で、高齢化社会にともなう認知症などの課題も抱えています。そのためこうした課題と遺伝子解析を組み合わせ、世界に先駆けて解決できる可能性があります。これらを踏まえて考えると、世界との勝負に十分勝てるのではないかと思います。

遺伝子解析×ブロックチェーンが新たな経済価値を生む

――特に、これから注力していきたい取り組みはありますか?

高橋:認知症予防と健康寿命を延ばすことにおいて、成果を出したいですね。あとは、遺伝子解析の選択肢自体を多くの人に使ってもらえるよう基盤をつくりたいです。

それに関連しますが、ゲノムや遺伝子のことを、分かりやすく伝えることはやっていきたいと思っています。これまでは、遺伝子にもともと興味がある方が利用してくださっていましたが、私がテレビに出演してからは、遺伝子解析についてあまり知らなかった方も注文してくださるようになりました。

そのため、お客様に理解を深めていただくため、遺伝子の解析結果の説明会を行いました。すると丁寧なコミュニケーションに比例して、解析結果に対する理解度も向上することが分かりました。引き続きお客様とのコミュニケーションは積極的に取り組んでいきたいです。

――貴重なお話をありがとうございました。

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ライター/末吉陽子 編集/YOSCA 撮影/倉持涼

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