毎年1月末にスイス東部の雪の積もる小さな街・ダボスとクロスタースに、世界100か国およそ3000人の政財界のリーダーが集まり、その時々の問題や課題、今後の世界の行方を話し合う世界経済フォーラム年次総会、いわゆるダボス会議。このダボス会議に毎年出席する竹中平蔵氏は、ここ数年世界のリーダーたちの関心がブロックチェーンにあると話す。
いま話題の「リブラ」の今後の見通しも含め、世界のトレンドを知る竹中氏に話を聞いた。
既存の社会的秩序や社会的システムが不必要に
蒸気機関の誕生に象徴される第一次産業革命、20世紀初頭に、電話、電球、蓄音機、内燃機関が登場した第二次産業革命、20世紀後半から現在まで続く、電子工学や情報技術によって一層のオートメーション化が進んだ第三次産業革命、そして、デジタル技術が社会に深く浸透し、人工知能やビックデータにより消費も生産の仕方も変わるのが第四次産業革命だ。
こうしたある種の歴史観によって、世界を持続的な発展と紛争の解決へ挑戦する国際機関が、スイスのジュネーブに本部を置く非営利財団である世界経済フォーラム。この世界経済フォーラム年次総会がダボス会議と呼ばれ、世界中のリーダーたちが集い、その時々の問題についてやり取りされることで知られる。
このダボス会議の理事を務める竹中平蔵氏は、ここ数年、多くの参加者がブロックチェーンを話題にしていたと話す。
「2012~3年くらいから世界のビジネスリーダーの間で人工知能の話が行なわれるようになりましたが、もう人工知能の話はほとんどないですね。いまはブロックチェーンの話ばかりです。それで何ができるのかに、最先端のリーダーたちは関心を持っています。
いま、(人工知能、ロボティックス、IoT、5G、ブロックチェーンなど)さまざまな新しい技術による革新が、全部同時に起こっている。まさにこれが第四次産業革命なのです。『インダストリー4.0』とも言われる第四次産業革命で、何が起ころうとしているか? それは、いままでの私たちが築いてきた社会的秩序や、社会的システムが、もしかしたら不必要になっているかもしれない、ということなのです」
社会的秩序や社会的システムが不必要。ちょっとピンとこないかもしれないが、実は既に私たちは、そうしたサービスを利用し始めている。
「わかりやすい例がタクシーです。私がA地点からB地点に、安心して行こうと思ったら、従来は国がお墨付きを与えたタクシー会社を利用します。そこは料金も管理されていて、クレームのセンターもあり、安心して利用できる。
ところが、スマホが登場し、そこから集まるビックデータが活用できるようになると、この運転手が大丈夫か、過去の実績などが、データで判断ができるようになる。つまり、タクシーという社会のシステム、その背景にある制度そのものが要らないのでは、となってきた。それがUberですね。
Uberは、あっというまに8兆円の企業価値を持つようになる。日本のメガバンクの企業価値が、約6兆円ですから、8年くらいで日本のメガバンクを上回るような企業が現れる時代なのです」
このライドシェアと一緒によく語られるのが、Airbnbなどによる民泊。これも従来はホテル業や旅館業は、旅館業法によって新業態の参入が阻まれていた。だが、急増する外国人観光客を受け入れる必要もあり、新たに住宅宿泊事業法(民泊新法)を設けて参入を認めた。
ただし、営業日上限180日が設けられているほか、地方自治体が条例によって制約を設けていることなど、利用者の利便性が優先されているか否かは、検討の余地を残している。
ライドシェアや民泊などは、スマホやインターネットを活用した便利なサービスで、これを支持する人々は新しい価値観を持ち始めている、と言われている。しかし、竹中氏は、そうした価値観が広がっていくことで、旧来は当たり前のように存在していた古い社会的秩序や社会システム、具体的に言えば、政治、行政、裁判などの分野も、大きく変わる可能性を秘めていると解説する。
私たちが関心を持つサービスやプロダクトが社会や国のしくみに与えるインパクトは、従来とは次元が異なる。そして、いま話題のFacebookが関わる「リブラ」は、その象徴であると、竹中氏は熱っぽく語る。
Facebookは中央銀行&政府に勝つ。その理由は?
「リブラは、ブロックチェーンを使った暗号資産を出して決済をするということですから、消費者にとって圧倒的に便利なものです。便利ですけれど、(約30億ユーザーと言われる)Facebookクラスのコミュニティでひとつの通貨圏が出来ると、金融政策が打てなくなります。日本円でいえば日本銀行、アメリカドルではFRB(連邦準備制度理事会 、Federal Reserve Board of Governors)が、通貨の供給量によって経済が安定するようにコントロールしてきたことができなくなってしまう。だから、これは消費者側ではなくて、通貨当局が騒いでいるんです。捨て置けない、と」
そして、声を顰めて、こんな風に解説する。
「リブラという名前が面白いですよね。ご承知のとおり、あれは天秤の意味。(指で$を書きながら)ドルはこう書くし、円は(指を¥と動かしながら)こう書く。そして(L字を書いて)ポンドはL。これ、リブラなんですよね。だから、通貨の原点を乗っ取るイメージ、ポンドの大帝国のイメージを通貨当局など規制勢力に与えたんです。
彼らは、非常に控えめにやるとは言っているけれど、それくらいの野心はあるのかもしれませんよ」
ブロックチェーンを使った暗号資産が、新しい通貨の帝国を作るかもしれない。ここでも社会的秩序や社会システムは、新しいテクノロジーによって一新されようとしている。恐れを抱かせるほどのインパクトゆえに、世界のビジネスリーダーたちが、ブロックチェーンに注目しているのだろう。
では、この先の動きがどうなるか。かつては金融担当大臣も務め、この分野に通暁する竹中氏の見方は次のとおりだ。
「中央銀行の管理を離れた通貨の話って、実は昔からある議論なんです。考えてみて下さい。アメリカのドルには自国以外で流通するユーロドル(米国以外の銀行、主としてヨーロッパに所在する銀行に預けられた米ドル預金)や、アジアドル(シンガポールなど東南アジアの主要為替・金融市場に集まっているドル資金)などがあり、これらはアメリカによってコントロールしきれていないんです。
もちろん、リブラが普及すると通貨当局は困ると思いますが、一方で、この自由を奪って良いのかっていう問題があります。なので、適切な管理は必要ですが、全面的に禁止するようなことがあってはいけないでしょう」
このように新しいテクノロジーによって、次々と社会が変革しようとするメガテックやスタートアップが登場するなかで、政府や行政などの規制勢力の対応が、常に後手に回ってしまうのは、なぜか。
「あるテレビ番組で、この中央銀行と政府とFacebookの競争はどうなりますか? って聞かれたので、必ずFacebookが勝つ、その理由は、政府よりも民間企業のほうが絶対に賢いからです、と言ったんですよね。もちろん、これはちょっとオーバーな表現で、半分は茶化して言ったんですが、重要なのは政府の中に、そういう民間の最先端のことがわかる人がどのくらいいるか?という点です。いま日本にはいないですよ。私は、金融庁でよく言いましたけれど、金融庁の幹部に、金融市場のビジネスの経験がある人、投資ファンドでビジネスの経験ある人なんて一人もいないですから」
日本の政府や行政には、ビジネスの最前線で活躍した人材が乏しいことを、竹中氏は、深刻な事態と受け止めている。そうした危惧もあり、竹中氏は今年の政府の成長戦略のなかに、プラットフォーマーに対する競争政策を話し合う専門家の議論の場を作ることを提言した。今年3月に設置されたデジタル市場競争評価体制準備室(室長は古谷一之官房副長官補)がそれだ。この組織は、EUに倣って設けられたもので、いま社会のしくみが、どんな風に変わっていくのか、議論をはじめようという目的で作られたそうだ。
竹中氏に話を聞いていると、こうした第四次産業革命の原動力となっているうねりは、インターネットにつながったスマホを使っている一人ひとりの利用者や生活者によるものだということだ。彼らにどのような便利さや価値を提供できるかが優先されるべきで、どんなに規制勢力が足掻いても、その時代の動きを止めることはできないということが垣間見えてくる。
その一方で、既存の社会課題や問題を、どう解決に導いていくか具体的かつ建設的に考えていく必要がある。テクノロジーのトレンドや、新しいサービスの体験を通じて、自分たちの社会が、どのように変わろうとしているのか、そうした社会で自分が何をすべきか考えるきっかけにしてみてはいかがだろう?
竹中平蔵氏
1951年、和歌山県生まれ。慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授。博士(経済学)。一橋大学卒業後、ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年より小泉内閣で、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣などを歴任。『第4次産業革命! 日本経済をこう変える。』(PHPビジネス新書、2017)、『平成の教訓』(PHP新書、2019)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎文庫、2011)など著書多数
取材・文/編集部 撮影/末安善之