銀行、証券などを経て、現在は立教大学ビジネススクールで経営学やストラテジー&マーケティングを教えつつ、幅広い分野のコンサルティングを行ない「大学教授×上場企業取締役×経営コンサルタント」という肩書きで活動する田中道昭氏は、近著で未来予測のシナリオとして「金融4.0」を提示した。そこで語られている内容は、日本の企業や産業界が絶対に知らなければいけない本質的な変化が含まれている。ブロックチェーンなどの技術なども大事だが、それ以上に注目すべきポイントとは?
次世代金融のシナリオで重要な3つのポイント
田中氏は、ある金融機関のシンガポールオフィスに赴任中、97年のアジア通貨危機に直面し、金融や経済が一変する事態を経験した。この経験から自分は何をなすべきかを問うようになったという。そして、道昭という名前に「社会の道を照らす」存在になることが求められていると受け止め、10年後には企業の参謀役、20年後には経営大学院の教授、そして30年後には国家や社会の参謀役になるという目標を掲げる。「社会の道を照らす」という使命に向き合い突き進む田中氏は、近著『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融のシナリオ』(日経BPマーケティング)で、「金融4.0」と名付けた新しい金融システムのシナリオを提示している。
「この本の最終章では、日本が元気になって欲しいという希望的観測も込めて、『金融4.0』について書きました。逆に、ここで書いてあることを踏まえなければ、日本の企業や産業は生き残るのは困難であるという警鐘でもあります。
金融機関の法人取引を大企業と中小企業、個人取引を一般と富裕層に場合分けして、5つのシナリオの可能性を踏まえたうえで、次世代金融のシナリオを提示しました。特に重要なポイントが3つあります。私自身が金融出身であるため提言の対象を金融機関にしていますが、そのアプローチは異業種の方にも参考になるはずです」
田中氏が挙げるポイントとは、
1)デジタル化すべき分野と、レガシーとして残る分野を明確に峻別すること
2)デジタル化を行なう分野は、経営戦略として取り組むこと
3)レガシーとして残ると判断した分野は、人がやるべきことを先鋭化させ、専門性や信頼性を高める努力が必要であること
という3つ。そのうえで、具体的にベンチマークすべき米中のメガテック8社(アマゾン、グーグル、アップル、フェイスブック、アリババ、テンセント、バイドゥ、ファーウェイ)の動きを注視せよ、と提言する。どのような点に着目するかは『アマゾン銀行が誕生する日』のほか、今年4月に上梓した『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』も参考になるだろう。
ブロックチェーンは、もう新しい技術ではない
そうした分析を踏まえたうえで、戦略や戦術を考えて際に重要なポイントを2つ挙げている。
「執筆時には重要なポイントとしてブロックチェーンについて触れていますが、もう、ビズワードとしては、社会実装が進み始めているので当たり前ですよね」
そしてトレンドやブームとして捉えるのではなく、本質的なものかどうかの見極めが大切と田中氏は釘を刺す。
「結局、ブロックチェーンなどの新しいテクノロジーに加え、金融の本質が何かを知らないと、何も出来ないんです。金融の実務経験を通じて、金融とは何か? を知らないと、テクノロジーの視点だけから新しいサービスを始めてもどんどん淘汰されるでしょう。ブロックチェーンは、ただの手段です。それを使って何をするかが問われていく。
たとえばアマゾンがAWSでブロックチェーンを使えるようにしていますよね。まだ使っている会社は少ないかもしれませんが、クラウドの技術と同じように、今後はブロックチェーンが普通に使われる技術になる。もう、すでに全く特殊ではない。テクノロジーが進化することで利便性が高まり、それが価値観に影響を及ぼすことはあるでしょう。けれど、テクノロジーがすべてを決定づけるということではない。それは強調したいです」
↑2019年6月に行なわれた記者説明会でAWSのブロックチェーンサービスについて説明するAmazon Web Services Inc.ビッグデータ/データレイク/ブロックチェーン担当ゼネラルマネージャーのラフール・パターク氏。この日は、ソニー・ミュージックがAWSのブロックチェーンを活用する事例が紹介された。
そう話す田中氏が強調する重要なポイントは、人々が感じ始め、行動原理になり始めている「新たな価値観」のほうだ。
「(マーケティングにおいてマクロ環境分析に使われる)PEST分析をしてみると、シェアリングやサスティナビリティなどのキーワードで表現される新たな価値観が、なぜ生まれているのか、そこに注目すべきです。確かに変化の起点はテクノロジーかもしれません。しかし、それを受け入れる人々に起きている『価値観の変化』こそ、より本質的なものでしょう。
例えば、(今年の東京は)例年よりも梅雨が長く、涼しかったのに、ものすごく暑くなってきた。これは、人間としてというよりも、動物として大丈夫かなと心配になるくらいに暑い。こうした気象現象から化石燃料の利用を促進するような会社はどうなのかといったことや、ESG(Environment、Social、Governance)やSDGs(持続可能な開発目標)に対してお題目ではなく、マジメに取り組もうという動きも目立つようになり、そうした企業でないと消費者の共感が得られないといった変化が起きる。
また、最近では若い人の中で、それが良いかどうかの判断は別にして、年収300万円くらいでも十分生活が出来るから良いという方に会うこともある。家や車を自分で所有することに意義を感じなくなり、シェアをするほうがエコだし、ミニマムに暮らすほうが良いとする一方で、旅行や食事にはお金をかけ贅沢をするのが楽しいという価値観に変わっている。
そういうなかで、いままでお金が表象してきたものが変わり、それが表していた価値も変わっていく。浪費をするよりもシェアをするほうがよいとなると、GDPの定義も見直す必要があるのではないか?という構造的な変化が起きていく。こうして再定義されていく世界が『金融4.0』で、このシナリオを無視しては立ち行かなくなっていくと思います」
田中氏は、『アマゾン銀行が誕生する日』の最終章で「金融4.0」を提言しつつ、<そもそも「お金」とは何であったのか>という見出しを立て、
<私は、物事の本質を考える際には、すでに使われている定義を見るのと同時に、大局的に宇宙からその物事が使われている様子を鳥瞰するようなつもりで、超長期かつ地球規模のスケール感で思考するようにしています>(P.416)
という思考法を提案している。
確かに、専門性や新しいテクノロジーのトレンドに敏感であることは重要だ。しかし、いま大きく変化しつつある社会を生き抜くなかで、ビジネスパーソンの武器となるのは、このような鳥瞰的な視点や思考を持つことなのではないだろうか。
田中道昭 氏
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 教授、マージングポイント代表取締役社長。シカゴ大学経営大学院MBA。東京UFJ銀行、シティバンク、バンクオブアメリカ証券会社、ABNアムロ証券会社などの職歴を持つ。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』(PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)など多数。
取材・文/DIME編集部 撮影/干川 修