「中国は国民のプライバシーを無視し、国家主導で情報を集めている」
「習近平はビックデータを握って独裁者になろうとしている」
「“中国のシリコンバレー”、深センのびっくり最先端都市事情」
「データ覇権を握ろうとする中国の動きは、歴史の正常化だ」などなど。
ビックデータやデータ流通、AIやブロックチェーンなど、第四次産業革命と言われる分野で、中国の存在感が増している。それとともに、新たな“中国脅威論”もヒートアップしつつある。
が、しかし、実際に彼の国で暮らす人々は、どのように感じているのだろうか? そんな素朴な疑問を、上海と北京に拠点を置き、活動するテンシンネットワークの宮崎将典氏に聞いた。
日本で人が担うサービスを中国ではITで補う
「私は詳しく知りませんが、中国について、いろいろと言われていることは想像ができます」と話す宮崎氏は、ブロックチェーンの話をする前に、中国と日本の背景の違いについて分析をしてくれた。
「中国にはITの導入が急速に進み、発展していく背景があると思います。特に日本と比べると、人による違いが大きいことが印象的です。教育や経済的な格差ももちろんですが、そもそも日本人のような勤勉さはない。よって、日本では人がサービスを整えている部分を、中国ではITで補う必要がある。
例えば、今では大分改善されてきましたが、お店に行ってもに品物がない、先週まであったお店がいつの間にか閉店していた、というのは当たり前です。また、服ならばサイズが揃っていないなど、行ってみないと欲しい物が買えないことが少なくありません。
日本では、そうしたことがないように、過剰な在庫まで用意してお客さんを迎える。中国の場合は、自分におすすめのものや新商品を知ったり、サイズの合った品物がすぐに買えるネットショッピング(タオバオ、ジンドン)のほうが便利なので、こちらの利用者が増えます。より便利になるならば個人情報を提供しようと考えるのも自然な流れです」
中国国内の物流面が大幅に改善されてきているので、ネットショッピングで買い物をしても早ければ次の日に届きますし、中国は日本と違い、自分の会社の住所に商品を届けても大丈夫な会社が多いので、ネットショッピングが便利です。便利になるならば時には自分から情報を提供することも厭わない
宮崎氏の話を聞いていると、駅に電車が定時で発着し、お店に行くと「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」との挨拶されるのが普通の日本とは別の世界が、そこにあることがイメージされてくる。そして、外国人から称賛される質の高いサービスや商品は、確かに世界に誇れる素晴らしいものであるけれど、その完成度の高さを追い求めすぎているがゆえに、世界の大きなトレンドに取り残されているのでは? という思いが、ふと頭をよぎる。
「どちらが良い悪いという話ではありませんが、中国では60点、70点でも十分に及第点で、前に進んでいきますが、日本のように100点満点を極めるという感じはありません。ゴールまでの道筋は決めますが、それは(社会などの環境が)どんどん変わっていくので、そこに至る計画も柔軟に見直し、考えながら動く印象です。一方で、日本は計画どおりに進むことが大切にされる。そこは違いがあるな、と感じています」
そして、ブロックチェーンの活用が広がる背景のひとつとして、中国と日本の人間観の違いを指摘する。
「日本では、人を信頼することを大切にしますよね。そうして人を大事にする文化があります。一方、中国では人は必ず悪いことをする、という性悪説でものを考える傾向があるので、人をあまり信用しません。
街の至るところにカメラが設置されて、政府が日常的に情報を集めていることは明白です。悪いことをする人からすれば窮屈かもしれませんが、犯罪防止の抑止力になっている面もあるので、意外と抵抗はないんです」
また、中国人は根っからの商売人気質。新しいものへの興味や将来的にビジネスチャンスがあると思えば、飛びつく人が多い印象ですね。ブロックチェーン関係のIT技術者も豊富にいますし、ブロックチェーン関係の企業を優遇している経済特区もあり、創業した企業への国のバックアップ体制も整っています。
人を信用し、疑問を挟まないのは美徳という文脈で語られることがあるが、では、大企業、中央官庁、学校などに務める人は、悪いことをしないのか? 各種ハラスメント、性暴力、違法薬物、反社会的勢力との関わり、窃盗、傷害、殺人など、新聞の社会面に載るような事件を起こす人の中に、大組織に属する人が少なくないことは改めていうまでもないだろう。
大組織が個人情報をきちんと管理しているならば、情報が漏洩したり、流出するような事件もおこらないはず。宮崎氏の話を聞いていると、中国が国家主導で個人情報を集めている気持ち悪さはあるものの、日本でも何か知らないうちにプライバシーが雑に扱われていることがあるのかもしれない、そんな気付きを受ける。
公的機関にもブロックチェーンが利用され、より便利に
宮崎氏によると、裁判所や企業の登記など公的機関でブロックチェーンの活用が進み始めているという。
「杭州市(浙江省)では、裁判の申請がインターネットで出来るようになり、手続きが簡素化されました。訴訟手続きが早くなったほか、従来はとりあえず訴訟することが多かったのか、裁判に持ち込む前に和解するケースが増えているそうです。
改ざんを防ぐことができるため、裁判の申請などに使われる文書にはブロックチェーンが使われています。また重慶市では、企業の設立の際に行なう登記をブロックチェーンで行ないます。手続きが大幅に短縮化されて、非常に評判がいいと聞いています」
ちなみに杭州市では、国家や起業の秘密、個人のプライバシーが問題になる事案などの例外を設けたうえで、裁判の審理を原則としてネット上で生中継をする試みを2014年から始めている。撮影は冒頭のみで、審理の様子を描く法廷画家の仕事が魅力たっぷりにメディアで紹介される国とは、これだけでもだいぶ異なる。
そのうえで、起訴、応訴、仲裁、審理、判決など裁判の一連の手続きがネットでできるほか、裁判文書はAIで作成され、裁判官は修正のみ行なわれる。ちなみに、日本でも首相官邸にされた日本経済再生本部の「裁判手続等のIT化検討会」において、この分野の検討が進んでいる。
最高裁は2020年2月から東京、大阪など高裁所在地の8地裁と知的財産高裁(東京)の計9裁判所、20年5月には横浜や京都など5地裁で、民事裁判の争点整理にクラウドサービスを活用できるようにする。裁判官や弁護士がマイクロソフトの「Office 365」のチャットツール「Teams」を使い、同サービスで文書を共有し、原告側、被告側が主張を書き込んで争点整理表を作るなどするそうだ。
重慶市では、アリババ系の螞蟻金服(アント・フィナンシャル)が開発したブロックチェーン技術による行政手続きプラットフォームを利用している。同市のウェブサイトに提出文書を送信すると自動的に受理され、必要な条件が整っていると手続きが始まる。ブロックチェーンを利用しているため、関係部署をまたがる作業でも効率がよく、宮崎氏が指摘するとおり、大幅な時間短縮につながった。
日本では、2018年に公証人制度改革が検討されたが、それが成功したという評価に至るような改革にはならず、岩盤規制は残ったままというのが一般的な評価のようだ。
宮崎氏は、中国でビジネスをするほか、日本企業を支援する事業も手掛けている。ブロックチェーンに関しても、現地の専門家と連携したビジネスが模索できると考え始めているとか。
「(共産党の一党独裁などで)中国は規制が多く、息苦しいというイメージがあるかもしれませんが、私から見ると、日本の人たちは大変そうだな、という印象もします。とにかくこちらは、活気があって、みんな元気です。私たちは、日本企業を支援する事業もしていますので、もしご興味があれば、声をかけてください」
宮崎将典氏
1984年生まれ 北京市在住。大連、上海などにも住んだ経験があり、日系企業、中国企業向けにビジネスソリューションの販売や、企画立案業務などを行なう。中国系企業と提携し、PR業務も手がける。
取材・文/編集部