ブロックチェーンで実現する 「正直者がバカを見ない世界」とは?

2019.07.25 [木]

ブロックチェーンで実現する 「正直者がバカを見ない世界」とは?

一生懸命仕事をしても、報われない。人のために尽くしても、褒められない。こんな気持ちを澱のように溜めながら、激しい競争に立ち向かっているビジネスパーソンは少なくないはずだ。

ブロックチェーン技術によって、「正直者がバカを見ない世界」を実現しようと目指す起業家が、今回ご紹介するblockhive社 共同出資者の日下 光氏だ。ブロックチェーン技術の活用については、日本でも情報が増えつつあるが、なぜブロックチェーンなのかまで掘り下げているものは、決して多くない。日下氏が、「正直者がバカを見ない世界」という考えに至った経緯から、ブロックチェーン技術の可能性を探る。

 

震災で感じたソーシャルメディアへの期待と落胆

「生まれは茨城県の日立ですが、家族の関係でハワイに引っ越し、21歳のときに日本に戻ってきました。実は、学生時代にITを専攻したわけではありません。小さいころからパイロットになるつもりで、20歳くらいまで飛行機の操縦の訓練をしていたんです。

大きな転機となったのは、東日本大震災でした。意外と知られていないんですが、茨城県も大きな被害を受けていて、周りでも友人や知人が亡くなったり、いまも大変な生活を強いられています。当時は、まったくITに興味を持っていなかったんですけれど、震災のときに、唯一の通信手段がSNSでした。既存のインフラが使えなくなるなかで、Twitter、Facebook、IP電話などでは通信が出来ていて、身近な人の安否確認ができたりして、やっぱり、ソーシャルメディアってすごいな、という心のざわつきと、確信があったんです。

ここに給水所がある、この情報を拡散してくださいなど、報道されないことが、ソーシャルメディアでどんどん情報が集まってきて、拡散される。そうして拡散することも、誰かのためにやっていたんです。そのときに、あっ、これだ。世界は、こうなる。もうマスメディアはなくなり、ソーシャルメディアの時代になる、そういう確信が生まれたんです」

 

東日本大震災は、私たちの生活のみならず、人々の価値観や倫理観を根源から揺さぶり、もう後戻りができないような状況に追い込んだ。日下氏が感じたマスメディアの限界、そしてソーシャルメディアの可能性もそのひとつ。彼は、ここに何か希望らしきものをみつけるが、その期待を見事に挫かれる。

 

「ソーシャルメディアに感動したのもつかの間、半年もしないうちに、あれって思うような状況になるんです。震災系のTweetとかで、ユーザー数、フォロワーを集めたアカウントが、リツイート集め合戦なっている。

Facebookもくだらない投稿に“いいね”がつき、それを集めることが目的となってしまった。手段と目的が入れ子になっているのを見て、ものすごく反発を感じて、がっかりした。

ソーシャルメディアって、個人をよりエンパワーメントしてくれる面白いツールなんだというワクワクを覚えたのに、そうじゃないかもしれない。違う方向に行ってしまうかもしれない。それから、インターネットの情報、それを発信する人への信用や信頼について、深く考えるようになりました」

 

そして日下氏は、どうやって信頼される情報が生まれるのか、さらには検索エンジンの検索結果のからくりに疑問を持つようになる。

 

「グルメならこの人、ファッションならあの人などと、情報を集めるときって、自分が信用・信頼している情報源を頼りにすると思うんです。それが中心だった世界を、僕らは、Before Google、『BG』と言っているんですけれど、Googleが普及する以前は、情報を持っている人を探していたことに気づいたんです。インターネット上で、価値がある情報、信用・信頼を持っている人を探そうとしても困難です。

たとえば“不動産 茨城 日立”で上位に出てくるのは、SEO(検索結果でより多く見られるように行なう工夫。検索エンジン最適化)の成功者なので、そこで表示されるウェブサイトの運用者は必ずしも信用がある人とは限らない。これは人ベースではなく、情報ベースで検索するから起こることなんです。

そして、“不動産で信用がある人”というキーワードで検索しても、望んだ結果は出てこないですよね。ブランディングに成功している人が上位に出てくるので。結局、実社会における人間の信頼関係の構築と、インターネットでは違うものが出来ている。そして、ソーシャルメディアで、いいね!集めの投稿が増えてくると、信憑性が薄れるということもある。

じゃあ、そもそも信用・信頼ってなんだったんだっけ? という、無限ループにはまっていったんです」

ブロックチェーンで実現する 「正直者がバカを見ない世界」とは?

人と人をつなぐ信頼を可視化できないか?

こうしたなかで行き着いたキーワードが、社会や地域における人々の信頼や結びつきを表す「ソーシャル・キャピタル」。日本語では、社会関係資本、人間関係資本、社交資本、市民社会資本などと訳される。

ちなみに「ソーシャル・キャピタル」は、道路、住宅、港湾、鉄道、上下水道、文教施設、社会福祉施設など、民間資本では供給されなかったり、不足されるため、政府など公共的な資本によって行なわれる社会資本、社会共通資本、社会間接資本とは区別される。

日下氏は、この「ソーシャル・キャピタル」という単語と、ひょんなことから出会うことになる。

 

「当時、『ソーシャル・キャピタル』っていう言葉も、何の気なしに気づいたんです。マネーキャピタルに対義語として。信用・信頼が数値化されて、デジタル化されれば貨幣の代わりになり、貨幣は駆逐されるんじゃないかと思っていたんです。

どういうことかといえば、貨幣って、信用の媒介だけれど、ズルが出来る(=偽造ができる)し、貯め込む人が出るし、そもそも使ったら減ってしまう。でも、人の信用って、減らないじゃないですか。

『こいつ、信頼出来るやつだから紹介するよ』と紹介しても、僕の信用がすり減るわけではない。もし、紹介した人間が悪さをしたら、お前に紹介されたのに、と目減りする可能性はありますが。

これは見方を変えると、無担保でこいつ信用できるよ、会ってみてよ、と貸しているようなもの。で、紹介した人間が良かったら、感謝されるじゃないですか、やっぱりお前の紹介は間違いない、と。それって、お金ではできないですよね。

まず、お金って資本がある人しか人に貸せない。つまり、マネーキャピタリズムでは、資本を持つもの持たざるものが生まれる。そんなときに、その信用って何だっけ? というところからソーシャル・キャピタルって言葉がポッと生まれてきた。

その後、調べてみると、ロバート・パットナム(政治学)とか、ジェームズ・コールマン(社会学)といった人がソーシャル・キャピタル、これはいわゆる社会インフラではなくて、あるコミュニティにおいては、信用・信頼度が高いと、信用コストが低い社会になり、幸福度も上がるし、いろんな経済が活発に回るよね、と論文を出していた。

ならば、人と人のつながりのなかにある信用・信頼を可視化すると、これまではマネーの世界で測られていたものが、貨幣になりうるんじゃないか、と考えていたんです。」

 

このアイデアを「The next stage of social capital」と題し、「TED meets NHK」(デジタルガレージとNHKによるテレビ番組)の一般公募に申し込み、貨幣が人の信用を媒介する貨幣経済は終わり、信用が直接数値として表わされる信用経済の時代の到来を説いた。

これを可能にする手段のひとつとして、彼はブロックチェーン技術を扱っている。

とはいえ、彼にとって技術は、あくまでも手段。その目的である信用が直接数値として表わすにも、「あなたどれくらい人に信用されていますか、と問われたとき、この質問って非常に答えづらい」というところが出発点だった。

 

「どれだけ金融資産をお持ちですか? と聞かれたら、正直に答えるかは別にして、これはすぐにわかる。でも信頼って、非常に測りにくいですよね。そもそも自分で、自分の信頼度は測れない。そして、一人の相手が、一人の人の信頼度を測っても、それは、その人からみた信頼でしかない。そうすると、n対n、つまり多数の人同士で、インタラクティブに測らないと、信頼は可視化ができない。いま信用スコアって注目され始めていますが、中央集権的な一者が、ひとつのものさしで、人を評価するしくみになっているものは、マネーキャピタルの評価システムであり、制度なので、従来のものとは変わらないんです。

どういうときに信頼が発生するかな、っていうことを調べていて、人とつながりがある状態で、人の役に立つためになる、貢献活動をした瞬間に、信頼が生まれるんじゃないか、と定義した。よく「タイム・イズ・マネー」、つまりタイム=マネー(時は、金なり)だけれど、タイム・イズノット・マネー(カネは、時なり、に非ず)だな、と。お金は持ち越せるけれど、時間は持ち越せない。要は、お金と時間の関係は、不可逆なんですね。

時間は24時間、誰もが平等に与えられて、持ち越しできない。では、時間の直接投資って何になるのかというと、(他者への)貢献ですよね。今日の自分の可処分時間を、貨幣を生み出すアクションではなく、人のために使う。これって、可視化が困難なんです。

数値するとしても、自分で可視化は出来ない。遅刻したときに『僕、おばあさんを助けたんです、すごくないですか?』といっても、本当かどうかわからない。だから、インタラクティブなしくみにしないと、可視化ができない。遅刻した人が、おばあさんを助けるのを見ていた人が、『おばあさんを助けていましたね』と伝えた瞬間に生まれるので。

このように、貢献活動で生まれるソーシャル・キャピタルを可視化しよう、という研究を、あの頃に、ソーシャルメディアを使ってやっていたんです」

ブロックチェーンで実現する 「正直者がバカを見ない世界」とは?

コントリビューション=徳の見える化

  ちょうどその頃に、日下氏はブロックチェーン技術に出会う。そして、仮想通貨の過剰な盛り上がりに嫌気がさして、世界で最もブロックチェーン技術の実用化が進んでいるエストニアに渡り、blockhive社を起業し、現在へと至る。

ただし、当初から掲げている「正直者がバカを見ない世界」の実現という目標は、決してぶれていない。ちなみに、「正直者がバカを見ない世界」や「ソーシャル・キャピタル」という価値を、もう少し日本の方にも身近な言葉で言い表すことはできないのだろうか。

 

「社内では、“徳の見える化”と言っています。エストニアなど英語で説明するときには、contribution(貢献)という言葉を使っています。

このコントリビューションは、ブロックチェーンに関わる人たちの間で、大事にされている感覚です。結局、時間という対価の提供って、貢献に必須な項目や、要素と思うんです。でも、日本ではそれが少し薄れてきたかな、と感じる。

ブロックチェーンはオープンソースの原則が非常に強い。そうすると、誰からもお金をもらわず仕事をする、率先して、自分で作りたい社会のためを貢献したい、という思いを原動力にして、自分の時間を差し出すんです。それも強制されずに。

そういうコントリビューションの精神をもった人の集まりで、ここまで来ているので、これは「徳」の世界だな、と思います。

誰かと誰かのつながりのなかで、人のために何かをするという、貨幣経済で測れない指標のなかでやる。そういうのはまったく顕在化されないんです。

でも、ブロックチェーンならそういうことをグローバルで、それを横断的に顕在化できる。さらには、ここまでのムーブメントを起こしてしまったんです。その意味では、貨幣革命以上の信用革命を起こした、言い方を変えるとグローバルに徳みたいな概念が通じてきた、というのが実感できています」

 

こうしたことを日下氏は淡々と話していくが、いま社会のエートス (社会の慣習や規範)に及ぶと、その語気は、だんだんと力を帯びてくる。

 

「ずるいヤツのほうが、なんかうまくいっていると思いませんか? フェアな選択肢がどこまで提供されているのでしょうか。

隠したり、騙したり、情報格差を活用する人のほうが得をして、オープンにして、透明にして、つなげる人が損をする社会って、全体で考えると、絶対最後は損なんですよ。企業は、共有したくないから、研究内容は隠すし、同じトピックで、同じような予算を割くようなことをする。

なぜかといえば、怖いからです。透明性は怖いんですよ。

フェアな透明性でないと、自分が透明性を出したときに、透明性を出してくれる担保がないので、先にカードを出したときに、手札を見せた状態でポーカーのようなもの。ときに、相手が本当にオープンにするか、わからないという状態だと怖いと。

エストニアは、そうしたことがデジタルで担保されています」

 

もし10年後、ブロックチェーンが意識されているようなら、この技術はテイクオフに失敗している、と日下氏は言う。それはインターネットの最新プロトコルや記述言語を意識されていないのと同様で、どんなアプリケーションやサービスで、どんな価値が提供されているかが大事と考えているからだ。

もちろん10年後に「正直者がバカを見ない社会」が実現しているかどうかはわからない。しかし、よりオープンで、より透明で、人と人とのつながりが重視される社会のほうが生きやすくはないだろうか?

ブロックチェーンで実現する 「正直者がバカを見ない世界」とは?

日下 光 

1988年、茨城県出身。1988年生まれ。2012年、デジタルガレージ主催のTED meets NHKで「The next stage of social capital」と題したスピーチを行ない、そこで触れた「評価経済システム」の実証実験のため起業。
2013年、Rippleを利用したプロジェクトに携わることをきっかけに、ビットコイン・ブロックチェーン技術と出会う。
2017年、エストニアに拠点を移しblockhive OÜを設立。独自の資金調達モデルILPの開発やエストニア国営発電所でのマイニング事業などを展開。eResidencyチームと共にエストコインプロジェクトの検討委員会メンバー、エストニアICOサンドボックス策定チームのメンバーも務める。
今年3月、日本の事業会社を設立し、スマート・リーガル・コントラクトなどのサービスを展開予定。

取材・文/編集部 撮影/篠田麦也

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