データ活用に必須なのは透明性と信頼性 デジタル国家エストニアに学ぶべきこと

2019.07.18 [木]

データ活用に必須なのは透明性と信頼性。デジタル国家エストニアに学ぶべきこと

日本でも行政手続きを原則オンライン化する「デジタル手続法」が19年5月24日に成立し、これから進められるデジタル・ガバメント化では、エストニアでの様々な取り組みが参考にされています。

その中味はどのようなものなのか。エストニアのデジタル・ガバメントの立ち上げから関わってきたアルヴォ・オット氏と、デジタル・ガバメント領域における国内外の機関とのアライアンス等を手掛ける三菱UFJリサーチ&コンサルティング常務執行役員の南雲岳彦氏の対談から探っていくことにします。

 

初期段階でのコンセプトとポリシー設計が成功につながる

南雲:まず前提としてエストニアではどのようなデジタル・ガバメントが実現されているかを教えてください。

オット:エストニアでは1993年から行政のデジタル化が進められ、現在は政府が発行するIDカードを使って24時間365日いつでもインターネットから公共サービスを利用できます。

パーソナルデータを一度登録するだけで様々な手続きに応用でき、利便性を高めると同時にコストを下げられます。

私はCIOとして電子政府の立ち上げから関わり、ICT関連企業や専門家、大学らを巻き込んで、プライバシーポリシーの検討からそれに基づく高度なセキュリティを備えたシステムを、失敗も重ねながら構築してきました。

 

南雲:いつでもどこでも行政機能が使えるようにするにはコストも運用するパワーも必要です。どのように実現させたのでしょうか。

オット:最初に市民の利便性と信頼性を最優先に考え、行政機能を見直しながらプラットフォームを設計しました。

各省庁が運用するデータベースをつなぐ「X-Road」と呼ばれるデータ交換レイヤーを2001年に導入し、データを暗号化してセキュアに相互利用できるようにしています。

認証された参加者同士が安全なピアツーピア接続を使ってダイレクトに接続し、利用時に付与されるデジタル署名とタイムスタンプを利用し、暗号化されたチャンネルを通じてやりとりされ、ブロックチェーン技術も早くから導入しています。

データ活用に必須なのは透明性と信頼性 デジタル国家エストニアに学ぶべきこと

南雲:市民の98%がIDカードを所有するための対策を何かとられたのでしょうか。

オット:普及に大事なのはサービスで、最初に銀行をオンライン化して口座開設から振り込みまでできるようにし、オンラインでは利用手数料を下げるといったインセンティブも設けました。

選挙をオンラインでできるeデモクラシーにも取り組み、エストニアに居住していなくても電子IDを発行できる「e-Residency」は日本でも取得する人たちが増えています。

データ活用に必須なのは透明性と信頼性 デジタル国家エストニアに学ぶべきこと

データ活用に必須なのは透明性と信頼性

南雲:世界でキャッシュレス化が進み、日本でも紙の通帳の新規発行を取りやめる銀行が出てきました。トランザクションデータの重要性が高まっていますが、エストニアではそうしたデータをどう管理していますか?

オット:経済通信省、内務省、国防省の3つがサイバーセキュリティの任務と責任を分担し、透明性のある信頼性の高い独自システムをオープンライセンスの知識と技術を持つ人たちと構築しています。

ソースは公開されて誰でも利用できますが、安全性は守られ、2007年に国家的なサイバー攻撃を受けましたが致命的なダメージはありませんでした。

 

南雲:日本では2020年度から小学校のプログラミング教育が始まりますが、エストニアではもっと早くからデジタル教育に力を入れていると聞いています。

オット:エストニアはもともと数学やサイエンスに強い人材が多く、私自身もそうですが、それとは別に1997年から教育機関にコンピュータとインターネットを導入し、ICT教育を行う「タイガー・リープ計画」をスタートしました。

2012年にはテクノロジーの理解と活用能力を高める「プログラミング・タイガー」を実施し、ITスペシャリスト研修やスキルアップのためのトレーニングプログラムも提供しています。

もちろんデジタルが苦手な人はいますが、行政サービスの利用に不可欠で、便利だと知ってもらうことでデバイドの解消につなげていこうとしています。

データ活用に必須なのは透明性と信頼性 デジタル国家エストニアに学ぶべきこと

南雲:現時点でまだ課題として残されている部分や今後の展開について教えてください。

オット:課題はモバイルへの対応で、サービスやアプリの開発、安全に使うためのトレーニングも必要です。

イノベーションは必要なら取り入れますが、政府としては早急な変化は求めず、新しい技術を取り入れる際は選択と導入プロセスに時間をかけ、より良いサービスを目指しています。

 

対談でオット氏は「エストニアのデジタル化は小国だから実現できた」と言い、今後も他国を参考にしながら運用を進めていくとしています。日本のセキュリティ対策を参考にすることもあり、南雲氏もそうした両国の協力関係が続くだろうと話します。
高い技術力を持つ両者の結びつきはヨーロッパ全体のデジタル・ガバメント化にも影響を与えており、今後も注目していく必要がありそうです。

データ活用に必須なのは透明性と信頼性 デジタル国家エストニアに学ぶべきこと

左・アルヴォ・オット(博士)氏
1993年にエストニア共和国CIOに就任し、経済通信省において国家情報システム局部長を勤め、エストニア情報協会と電子政府戦略の計画と実行を2003年まで担当する。2005年からe-Governance Academyのエグゼクティブディレクターを務め、電子ガバナンスに関する多くの国際的なプロジェクトやプログラムに参加する。

右・南雲 岳彦氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 常務執行役員。京都大学経営管理大学院客員教授、国際大学GLOCOM上席客員研究員、タリン工科大学e-Governance Technology Labフェロー。デジタル・ガバメント、スマートシティ領域における国内外の機関、企業等とのアライアンスやコンサルティング等を手掛ける。

取材・文/野々下裕子 撮影/干川 修

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