中链科技有限公司を立ち上げ、独自の仮想通貨取引所を運営する楊志武氏は、中国のブロックチェーン業界をけん引する有識者だ。ブロックチェーン技術を導入し、信用構築に苦戦している中国の食品業界に革命をもたらそうと活動している。
今回、IFA社は楊志武氏にインタビューを敢行し、中国のブロックチェーン業界や食品業界の内情や動向について伺った。
中国の食品業界はなぜ信頼回復に苦戦しているのか、そしてブロックチェーン技術による解決は可能なのか。前編では、巨大な中国食品市場の現状と未来を分析する。
ブロックチェーンが中国の食品イメージを変える
大坂:本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。早速ですが、楊さんの活動内容とご経歴をお聞かせいただけますか。
楊:もともと金融業界で働いていましたが、仮想通貨に興味を持ったのは2014年のことです。友人がビットコインの売買や取引所の開設を行っていて興味を持ち「私も挑戦してみよう」と思って仮想通貨のやり取りを始めました。
3年後の2017年、ブロックチェーンと仮想通貨が中国で大きな注目を集めるようになり、翌2018年に「中链科技」を立ち上げて独自の仮想通貨取引所を開設しました。
大坂:世界には多くの仮想通貨取引所がありますね。「中链科技」の特徴は何でしょうか。
楊:私たちの目標は、食の安全を実現することです。データの改ざんができないブロックチェーン技術を用いて生産加工工程を把握することで、市場に流通しているすべての食品の由来がわかるようになる。
そうすれば、食品問題が発生した際に「どの過程でどんな問題が発生したか」がわかり、食の安全が確保できます。
大坂:その第一歩として独自の取引所を開設し、現在は取引所のユーザーと共にコミュニティを育てているのですね。
楊:ええ。これからは独自のブロックチェーンを作り、生産加工工程のデータを収集します。そして企業情報、製品情報、管理情報などを消費者に公開する予定です。
大坂:確かに「食品自体の情報を公開することによって、食の安全が担保できるようになる」という話は日本でもよく聞きます。
たとえば、野菜を取り扱う時は中央のセンサーによって土壌の農薬残留を検知し、室温変化等のデータをサーバーに保存する。
ブロックチェーン技術を用いれば、その後は絶対にデータ変更できません。食品偽造を防ぐことができますね。
楊:ブロックチェーン技術により、企業は食品の信頼性をアピールできるようになり、食品業界全体の安全性が向上できると考えています。
大坂:食品業界にもブロックチェーン業界にも、新たな企業の参入が期待できます。
楊:すでに多くの食品企業と連携して新しく協会を設立しており、政府関係者にもコンタクトを取っています。
今まで開発した取引所やサプライチェーンも食品安全を中心に展開していく予定です。
事業を育てるのはコミュニティ
楊:私は比較的長くブロックチェーン業界で仕事していますが、中链科技を創設したのは2018年で、まだまだ若い会社です。
しかし、ブロックチェーン業界では会社の歴史よりもファンからの注目度が重視されています。
さらに、コミュニティベースを醸成しなければ事業は成功しません。
事業開始前に宣伝を行って認知度を向上させる必要があるため、まず取引所の設立からスタートしました。
大坂:ファンとなるユーザーはどんな人々ですか。
楊:私たちのユーザーは単なる食品消費者ではなく、食の安全に対する興味があり、そこに投資したいと考える人々です。
投資の金額にはこだわりません。私たちが仮想通貨を発行し、ユーザーには購入後の値上がり分を利益として配当します。
もしくは仮想通貨を所持したまま食品安全の事業に参入することも可能です。
大坂:なぜ、ユーザーを獲得した後にコミュニティベースを構築する必要があるのでしょうか。
楊:コミュニティベースを構築する理由は、融資を受けるためです。
仮想通貨を発行しても、融資を受けられなければ技術開発や事業推進といった次のステップに進めません。ファンとなる支持者を増やすことにより融資を受けやすくなるので、コミュニティベースは成長に欠かせないのです。
大坂:ブロックチェーンならではの事情ですね。
楊:そうですね、一般的なビジネスは投資者・生産者・消費者が分断されていますが、ブロックチェーンビジネスは投資者・生産者・消費者が入れ替わったり統合されたりします。
消費者も投資者として、もしくは生産者として、生産活動や技術開発に参入できる。明確な壁がないんですね。
大坂:ということは、投資者が消費者になったり、生産者が投資者になったりすると。
楊:当社のビジネスの価値を評価して仮想通貨を購入した人々は、その時点では投資者ですが、将来的にはエコシステム内の生産者・消費者になる可能性があります。
他社が投資を通じて直接参入してきてくれれば、それだけ事業の伸びしろが増えるのです。
誰かが管理しなくても食の安全を守れる社会に
大坂:コミュニティベースを構築して一定規模の投資を受けた後の展望についてお聞かせください。
楊:工業用ブロックチェーンを開発する予定です。今まで生み出された工業用ブロックチェーンは性能がいまひとつで、いくつかのバグも見つかっています。
工業用ブロックチェーンの開発は非常にハードルが高いのですが、最近は多くの専門家と科学者が開発に携わるようになり、近いうちに先駆者の技術に基づいたサプライチェーンを開発できるのではないかと考えています。
特にオープンソースのブロックチェーンは他者と裏側の構造まで共有できるという特性があるので、他の技術よりも早く進化するのではないでしょうか。
大坂:開発時の課題はありますか?
楊:データの正確性を確保することです。
ブロックチェーンにアップロードする前にデータを改ざんされるリスクをどう防ぐか。
アップロードされたデータは改ざんできませんが、アップロード前の改ざんはブロックチェーン技術だけではカバーできません。
データの暗号化がポイントになるのではないかと考えていますが、これから対策を練っていく必要がありますね。
大坂:今後のビジョンも教えてください。
楊:今は私たちの会社名義で仮想通貨を発行し、ファンを作ってコミュニティを育成していますが、さまざまなスキル、資源、人脈を持つ有識者たちにもビジネスの傘下に入っていただき、一緒に食の安全を実現したいと考えています。
一定の規模に到達すればシステムが自律的に運営できるようになり、私たちが管理する必要はなくなるでしょう。
最終的にはDAO(自律分散型組織)に移行して、私たちは引退する予定です。
大坂:現在はブロックチェーン事業を企業が運営していますが、今後はDAO(自律分散型組織)に移行させたいということですね。
楊:現在は、中央集権的なサーバーがデータ変更できてしまう点が問題になっています。
中央集権的なサーバーではなく、個人がデータベースを管理できる分散型サーバーのシステムを構築したい。
だからDAO(自律分散型組織)に移行するのが理想的なのです。こうした仕組みも食の安全に寄与するでしょう。
(後編へ続く)
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ライター/萩原かおり 編集/YOSCA 撮影/倉持涼