2020.10.12 [月]

世の中を動かし、変えるのはビジネス! 2人の企業家が目指す「新しい常識」

 
コロナウィルス感染拡大の影響で、私たちの生活は変わることを余儀なくされた。この影響は体に障害を持つ人など社会的弱者にインパクトが大きいといわれている。その一方で、多くのイベントや打ち合わせがオンラインで行なわれるようになったため、これまでは外出が困難だった人たちもイベントに参加できるようになったり、補聴器や人工内耳などを使う人たちは、オンラインのコミュニケーションツールのほうが雑音に干渉されることなく快適にやり取りができるようになったりと、ポジティブな側面もあると言われる。

 そこで、音声認識技術を活用したアプリ「UDトーク」を開発する青木秀仁氏と、ブロックチェーン技術を用いた新しい情報銀行「AIre構想」を掲げるIFA社代表取締役CEOの水倉仁志氏の2人が、新しい生活様式が叫ばれるなかで、新しい常識を、テクノロジーなどを活かして、どう作るべきかを語り合った。

 

すべてをデジタルにするのではなく、アナログの良さも活かすべき

今回はZoomでの対談となったが、「UDトーク」による文字起こしがZoomの画面に表示されるデモも合わせて行った。会話の内容をリアルタイムで確認できるので、聞き逃した言葉の確認もできて非常に助かった。会議の際に使えば議事録としても活用できるだろう。

水倉仁志(以下、水倉):私は大学卒業して大手証券会社に入社し、その後大手保険会社に転職しました。そして、独立をして保険代理店を経営し、約20年間、金融業界で仕事をしてきました。ただ、この業界はものすごい中央集権的で、お客様が主役じゃないことをずっと疑問に感じていました。お金を預けているのはお客様にも関わらず、主役は金融機関側。お客様は、金融機関の都合の良い商品を、なんとなく買わされているという状況に疑問を感じていました。何とか、お客様が主役になれるような環境を作れないか。それもデジタルとアナログのそれぞれの良さを融合した形です。
 情報銀行とは一言でいうと、お客様の情報をお預かりして、その情報を欲する企業に、お客様の同意を得て提供し、お客様に良いサービスを届けるという事業です。この分野には、大手企業も参画しようとしていますが、国内でブロックチェーン技術を使って提供すると宣言しているのは、当社だけではないかと思っています。

運営を行う次世代型銀行プラットフォームAIre(アイレ)では、すべての人が「自分の情報」に対して主権を持つ世界の実現を目指している。そのためにDLT(分散型台帳技術)といった新技術を活用する。

青木秀仁(以下、青木):私はミュージシャンで、CDを出したりとか、作曲家、編曲家の仕事をしていました。会社の名前がShamrock Records(シャムロック・レコード)というのも、その名残りです。ひょんなことがきっかけで、プログラマーとして仕事をするようになり、音声認識技術では日本でトップクラスのアドバンスト・メディア社で働くことになったんです。その後独立し、2013年に「UDトーク」を作り、現在に至っています。

人と人によるコミュニケーションの「Universal Design=UD」を支援するアプリとして2013年に誕生。人の音声を文字に起こして“見える化”できるアプリだ。スマホやタブレットなどのモバイルプラットフォームを中心に利用者が拡がり続けている。

水倉:「UDトーク」は、人が話した内容をテキストデータに変換してくれるスマホやタブレットのアプリですよね。実は、三歳になる私の娘が先天性難聴で、一歳半ぐらいのときに人工内耳の手術をしたんです。その手術をした病院が「UDトーク」を導入して、患者さんなどとのやり取りに使っていたんですね。そのとき、テクノロジーのインパクトを改めて感じました。

青木:そうでしたか。「UDトーク」は無料で使えるので、私の知らないところでも結構使われているようです(笑)

水倉:娘が生まれたことがきっかけで知ったのですが、耳に障害のある方とのコミュニケーションって、すごく大変なんですよね。もちろん手話もありますが、あれを習得するには、とても時間がかかる。そういう意味では、話した内容がスマホの画面に表示されるって、ちょっと感動的とも言えますよね。

青木:実はUDトークではZoomのようなオンライン会議ツールで、ミーティングする時も会話の内容を字幕表示することができるんです。

水倉:この対談でも使われてますが、すごく認識精度が高く、ほぼ正確に話し言葉をテキストにしてくれていますよね。

青木:はい。確かに、ここ数年で劇的に性能は上がっています。ただ、認識精度が上がってくると、別のことも気になるんです。例えば、言い間違えた時、音声認識エンジンは「そのまま出す」のか「直した文章で出すのか」? 
 つまり、アルゴリズムがどう振る舞うことが正しいのかって、誰も答えが言えないんですよ。言い間違えた言葉を音声認識エンジンが自動に直してしまうと、それは改ざんとも言える。それに耳が聴こえる人は「いい間違えたのだ」を分かるけど、耳の聴こえない人は、元の音声がわからないので、自分で補正ができないんです。
 だから、技術的な精度にこだわるよりは、8割ぐらいは機械が行ない、残りの2割は人が上手く使うことが、良い落としどころなのかなと思っています。

水倉:私たちの掲げるデジタルとアナログの融合という感覚と重なる印象ですね。

 

障害の「害=ハンディ」は障害者自身でなく、社会の環境が生んでいる

青木:「UDトーク」を開発していて、これは障害者の自立を促すツールではなく、障害者になっても困らない環境を整えるためのプロダクトと思っています。

水倉:それは、すごく共感できますね。私たちも、企業の都合ではなく、お客様のための商品を開発したいと思っているので。

青木:「UDトーク」とZoomを組み合わせた字幕表示は、聴覚障害者だけでなく、普通のビジネスパーソンの方にも喜んでもらえるはずです。例えば、オンライン会議に参加していても、よく聞き取れなかったり、時にはちゃんと聞いていないことってありませんか? でも、字幕表示をすると、より伝わるようになる。また、周りに音を出せない環境でも字幕を見れば内容がわかるし、ヘッドセットなどをしなくても良い。
 こうした環境が整っていれば、仮に明日、突然難聴になっても絶望しなくて済みますよね。そして、「障害者」にならずに済む。「UDトーク」の字幕のようにテクノロジーを活用していくと、障害って、実は環境のことなんです。目が見えなくても、耳が聞こえなくても、歩けなくても、普通に何でもできる社会であれば、障害じゃない。いま「障害者」が存在してるのは、そういう人たちが普通に生活ができない社会があるからです。そこを変えていきたいですね。

水倉:私も「障害者」という言い方が、すごくイヤで、そもそも「障害者」の定義って何だろう、と思うこともあります。難聴を例にすると、オンライン会議の方が雑音入らないので、人工内耳や補聴器を使っている人にはありがたい。そういう意味でオンラインミーティングが広く使われるようになっているのは、彼らから見たらプラスなんです。また、保険業界では、車椅子を使う方々の支援をしているんですね。それで良く知っているんですが、車椅子ってオフィスで動きにくい。だから、在宅勤務にしてくれるほうがありがたい。当然、通勤の負担も減りますし。もちろん、困っている人もいらっしゃると思いますが、なかには、今回のコロナ禍で逆に生活しやすい、社会に参加しやすい環境になったという面もある。

青木:そうですね。だから、バリアフリーではなく、アクセシビリティーを高める必要があると思います。アクセシビリティーは、社会が障害者に対して寄り添っていくという印象がありますから。

水倉:それは情報銀行で扱う個人情報にも当てはまるかもしれません。情報銀行は、金融をはじめとする生活全般の情報をお預かりします。データは次世代の石油と言われているように個人情報が今後、ビジネスのタネになるというのはみんなわかっている。けれど、私の印象では、多くの場合、個人情報を搾取する発想なんですよね。とくに大企業は。個人情報は、その個人に帰属しているはずなので、主役は個人のはず。その個人のアクセシビリティーをブロックチェーン技術など、テクノロジーで補填していけたらと思います。

青木:環境を変えていくというベクトルで、世の中を見て、ビジネスできる人が増えたらいいですよね。やっぱりビジネスなんですよ、世の中を動かすのは。プロダクトやサービスをサスティナブルに提供し続けることができなければ、社会を変えていくことはできないですから。

水倉:まったく同感ですね。お互いにがんばっていきましょう。

[プロフ]

水倉仁志(みずくら・まさし)
中央大学法学部を卒業後、野村證券に入社。東京海上日動あんしん生命保険を経て、2010年に独立。3社の保険代理店経営から、デジタルとアナログを融合させたユーザー主導の金融サービスの必要性を感じる。現在はIFA株式会社の代表取締役CEOとして、次世代型銀行「AIre構想」に取り組んでいる。


青木秀仁(あおき・ひでひと)
Shamrock Records代表取締役。フリーランスのエンジニア兼プロミュージシャンとして活躍。2011年、Shamrock Records株式会社を設立。コミュニケーション支援・会話の見える化アプリ「UDトーク」を開発する。コロナ禍をきっかけに注目された、IT技術を活用した地域課題の解決をめざす非営利団体「Code for Japan」のメンバー。東京都練馬区の「Code for Nerima」の代表を務める。

取材・文/DIME編集部

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